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2012年1月20日21時40分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第19局  > 本戦1回戦 ▲森内俊之名人―△阿部光瑠四段

新鋭、名人を破る

対局日:2011年12月27日

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■一番上と一番下

 将棋を覚え、奨励会に入り、三段リーグを抜けて四段に昇段する。ここまででも気が遠くなるほど大変な道のりだ。さらに順位戦のクラスをいくつも上がり、強豪ひしめくA級を勝ち抜いてやっと得られる挑戦権。名人との七番勝負に勝ち、ようやくたどり着くことができる頂。

 プロ棋士を目指すものなら、誰もが一度はやってみたはず。自分の名前の下に、思いをこめて書いてみる二文字。それが「名人」である。

 阿部は2011年4月に四段になったばかり。16歳での奨励会卒業は輝かしい未来を予感させる。初参加の順位戦はC級2組の最下位(44位)、持ち時間6時間のペースがつかめないのか、成績はここまで2勝6敗と振るわない。

 森内は1987年5月に、やはり16歳で四段となった。名人通算6期獲得で十八世名人の称号資格を持つ、現名人である。

 順位戦の番付では一番上と一番下。森内と阿部の間に123人の棋士がいる。普通は名人が貫禄を示すとしたものだが、森内は本局までに公式戦9連敗と調子を崩しているのが気がかり。阿部には予選から6連勝で本戦入りした勢いがあり、2次予選ではA級の三浦弘行八段、丸山忠久九段に勝った。もしかしたら金星も、と思わせる舞台設定ではあった。しかし、まさか、あんな展開になろうとは……。

■オーソドックスな四間飛車

 対局中でも盤を離れても、阿部はいつも笑みを浮かべているように見える。プロ棋士としての新しい環境、期待と好奇心に包まれているといった感じだ。ふんわりとしたたたずまいは、どことなく森内に似ている。

 先手となった森内の作戦は四間飛車。第1図のように角道を止める形はめっきり少なくなっている。その理由のひとつは居飛車穴熊の存在だろう。一時期は藤井システムの大流行により居飛車穴熊の旗色が悪くなったが、現在は振り飛車勝ちにくいと見る向きが多い。

 またゴキゲン中飛車や石田流といった角道を通したままの振り飛車が流行していることも、オーソドックスな四間飛車が減った原因と見られている。相手の攻めを待つよりも、積極的に攻めて主導権を握りたい。そういった考え方が主流となってきたのだ。

 名人が指す四間飛車といえば、大山康晴十五世名人の円熟の技が思い出される。森内が四間飛車を指すのは2009年の第22期竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局以来。このときは深浦康市九段の居飛車穴熊を押さえ込み、完勝してみせた。誰もが「手厚い森内将棋は四間飛車に向いている」と思ったものだ。

 対する阿部は相手の陣形を見ながら駒を運び、機を見て△5五歩(第2図)と位を張る。名人を相手に堂々たる自己主張。最近はこうやって大きく模様を張る将棋が少なくなっているだけに、見ていてすがすがしい気持ちになった。

 第2図から▲4七金△4三金は自然な進行。そこで森内が指したのは▲9七桂だったが、代えてすぐに▲5六歩と突き返す手もあったようだ。以下△5六同歩▲同金と5筋の位を消し、それからゆっくりと玉を囲っていく。森内は局後に「こちらだったかも。有力でしたね」と話した。

 本譜は▲9七桂に△5四銀と立って、後手の模様が良くなった。▲9七桂は▲8五桂と跳ねる手を見せたものだが、結局は最後まで9七のまま動かず。つまり▲9七桂は不急の一手だったのである。

■阿部優勢に

 第3図は森内が5筋から動いたところ。駒の損得はなく、玉の堅さも五分。しかし形勢はすでに後手優勢となっている。その理由は5九角と3三角、6七銀と5四銀の働きの差。いずれも後手の駒の方がよく働いており、のびのびとしている。

 阿部は第3図から△6五歩。頬と耳は赤く、その指先には力がこもっている。手応え十分。これに対し▲5八飛は△7五歩、▲4八角は△8二飛がピッタリだ。

 森内は局後に「▲5六歩に△6五歩と突かれて、あとはダメでしたね。序盤の構想がまずかった」と語り、以降は感想戦が行われなかった。

■盛り返せない

 以降は簡潔に振り返る。第4図の△6六歩は、次の△6七銀を見せた垂らしの歩。▲同金は△5七銀の痛打がある。森内は▲5八銀と打ってキズを消したが、対する△5五銀が急所の金を攻める好手だった。先手の狙いである▲5五歩〜▲6六飛の筋を消しつつ、▲同金△同角と大きく角を使う構想。ここでさらに差が開いた。

 ▲6四歩と焦点に歩を打った第5図は、わずかに森内が盛り返したように見えた場面だった。△同角なら▲6六飛、△同飛なら▲4五歩。放置すればもちろん▲6六飛がある。

 この難所を阿部は3手1組の好手順で切り抜ける。第5図から△6四同飛▲4五歩△4六歩。これで森内はしびれてしまった。△4六歩に▲同角と取れば、△6七歩成で後手必勝。以下▲同銀は△同飛成▲同飛△4六角。▲6四角は△同角が王手になり、▲3七桂△6八とで飛車を取られてしまう。

 森内は△4六歩に▲6五歩と辛抱したが、△5四飛と寄られて後手の飛車角が自由な格好になってしまった。第6図の▲5五歩に△同飛も気持ちの良いさばき。▲同角△同角と天王山に角が出られては、もう粘りようがない。将棋は優勢な側にわかりやすい有効手が生じやすいもの。名人といえど、その摂理に逆らうことはできなかった。

■阿部ベスト8に

 本局は第3図からの△6五歩で、はっきりと優劣がついた。森内は序盤構想の段階で失敗しており、一度剣先を交えただけで大きくバランスを崩してしまった。

 いくらか苦しくしても、それでも名人だから盛り返すはず。形勢の優劣と勝敗は別のもの。そんな思いを抱きながら進行を見守ったが、阿部は的確な指しまわしで森内を寄せ付けなかった。森内が不出来だったのか、それとも単純に阿部が強いのか。少なくとも、今日の将棋は阿部の完勝だった。

 終了図は先手玉に必至が掛かっており、後手玉は安泰。森内が投了を告げると、阿部は深々と「ありがとうございました」と頭を下げた。勝った阿部は新四段にして全棋士参加棋戦ベスト8入り。森内はこれで10連敗。ここからどうやって立て直していくのか。春の名人戦のころには万全の調子になっていればいいのだが……。

(後藤元気)

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