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2012年1月20日21時44分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第21局  > 本戦2回戦 ▲羽生善治二冠―△阿部光瑠四段

羽生、4度目のベスト4

対局日:2011年12月27日

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■昼休み

 午後1時過ぎ。緑色のもこもこしたリュックをひざに乗せた少年が、将棋会館のベンチでおにぎりを食べている。ラップに包まれているから、どうやら家から持ってきたもののようだ。一場面だけ切り取れば、まさかこの少年がさっきまで名人と戦っており、堂々と勝ち切ったとは誰も思わないだろう。

 顔を上げた阿部は、向かいに座っている子供に気付いてほほ笑みかけた。のどかな昼休み。戦いの前の、つかの間の休息。もうすぐ羽生善治二冠との対局が始まる。

■重圧

 振り駒は羽生の振り歩先で歩が3枚。後手番となった阿部は、▲7六歩△3四歩▲2六歩のタイミングで△8八角成とする一手損角換わりを採用した。可能な限り陣形を固定せずに進め、先手の動きに対応していく意図がある。

 具体的には4一金型のまま保留し、棒銀や早繰り銀の急戦系に備える。場合によっては飛車を振る変化も残している。また相腰掛け銀になったときに、飛車先を突かずに右四間する含みもある。本局は△6二飛(第1図)と回り、後者の展開となった。

 第1図で注目すべきは先手が取った1筋の位だ。羽生は局後に「たいした得にはできなかったかな」と話したが、記者の目には、この位が新鋭の阿部に、目に見えぬ重圧をかけているように映った。

■ため息

 第2図の△4四歩は、羽生に対して真っすぐにぶつかっていこうという気持ちが出た一着だった。その意気やよし。午前の森内俊之名人との対局でもそうだったが、将棋を指しているときの阿部は大棋士に対して萎縮したところがない。

 羽生はこの手を見て、ハンカチを扱うようにネクタイをつまみ上げて口元に当てた。そして小さくため息をもらす。その姿を見た阿部は、びくんと体を起こして席を立った。信憑性(しんぴょうせい)はともかく、羽生のため息は相手が疑問手を指したときに出るという将棋界伝説もある。盤の前にいたら疑心暗鬼になると思ったのかもしれない。

 局後に阿部が「△4四歩はおかしかったですか」と聞くと、羽生は「いやいやいや、立派な手だと思いました」と答えた。ため息はため息でしかなく、わざわざ柳を幽霊と見立てる必要はない。わかっていても不安になるのは羽生の実績と信用によるものだろう。何十年と付き合いが続く将棋界では、こういった無形の強みがモノをいうのだ。

 △4四歩に▲同歩と取ると、△同銀▲4五歩△5五銀左の進出がある。これは次に△4六歩が見えていて、先手としては嫌な形だ。

 羽生は▲1七香と角筋を避け、3七桂を活用しやすくした。角換わりの将棋は華々しく駒がぶつかったときには形勢に差がついていることが多く、ひとつふたつ前の準備が重要になる。以下△8五桂▲8六銀△4五歩▲3五歩(第3図)と進んだ。

■互角から急転直下

 ▲2五桂の前の▲3五歩は、角換わりの将棋における必修の手筋といえるだろう。ここを突き捨てておくことで、攻めの幅が格段に広がる。

 第3図から△同歩▲2五桂に阿部は△2四歩。これが好判断だった。代えて△2四銀や△3四銀は、▲8五銀△同歩▲4四桂で先手の攻めがつながる。形は△4四銀なのだが、それには▲1八飛が好手。次に▲1四歩△同歩▲同香から、4四銀の浮き駒を狙われてまずい。

 △2四歩以下、▲3三桂成△同金▲8三角△6三金▲5一銀となって第4図。後手が攻めこまれているように見えるが、先手は攻め駒が少なく飛車先も重い。後手番としては不満のない分かれだった。

 しかし均衡が保たれていたのはここまで。急転直下、阿部は奈落の底に落ちていってしまう。

■抜群の安定感

 第4図からの△5二飛▲6一角成△4一玉(第5図)の手順が阿部の敗着となった。すかさず▲6五銀(第6図)と取られてもう収拾がつかない。以下△同銀には▲4二歩が痛打となり、△同飛▲同銀成△同玉▲5二飛△3一玉▲5一馬で一手一手の寄りとなる。本譜は△5一飛としたが、▲同馬△同玉▲6四銀△同金▲7三角で大勢が決した。△5二飛から△4一玉は受け切りを狙った阿部の勝負手だったが、さすがに強気に呼び込みすぎた。戻って第4図からは△8二飛▲6一角成△3二玉が最善で、まだまだ難解な形勢だったようだ。

 感想戦では羽生が問いかけ、阿部がおずおずと手を出す形で進められた。対局中の勝ち気な表情や高い駒音はどこへやら。阿部はまだ17歳、41歳の羽生とは親子でもおかしくない年齢差だ。

 予選でA級棋士の三浦弘行八段と丸山忠久九段、本戦で森内俊之名人を破った阿部の勢いも、羽生には通じなかった。勝った羽生は第5回にして4回目のベスト4進出と、抜群の安定感を見せつけた。「有楽町マリオン」で行われる公開対局で、2度目の優勝を目指す。

(後藤元気)

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