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2012年2月20日15時34分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第26局  > 本戦1回戦 ▲行方尚史八段―△渡辺明竜王

行方、竜王を破る

対局日:2012年1月20日

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■角換わり腰掛け銀へ

 居飛車正統派の渡辺と行方。棋界トップの渡辺だが、行方には3勝5敗と分が悪い。2002年度には、勝率1位で走っていた渡辺が年度最終日の03年3月31日に行方と対戦し、敗れたことで勝率1位を逃したこともあった。今年度は竜王8連覇や王座獲得など8割を超える勝率を挙げており、自身初の勝率1位の期待が高まる。

 行方は第1回朝日杯優勝以降おとなしいが、まだまだこれからの棋士だ。本局の1カ月前に挙式したばかり。相性のいい棋戦、相性の悪くないトップ棋士を相手に巻き返しののろしを上げたい。

 かつて角換わり腰掛け銀は千日手になりやすく、下火になっていた時期があった。横歩取りも多くなかったため、矢倉を制するものは棋界を制すと言われていたほどだ。現在は千日手打開の手段が開発されたため、角換わりは相居飛車において重要課題の一つとして挙げられている。

 渡辺の竜王8連覇中、4シリーズでは角換わりが重要テーマとなり、激戦の末に定跡が深められていった。昨年、スペシャリストの丸山忠久九段を破ったのは記憶に新しいが、それまでにも森内俊之名人、羽生善治二冠、佐藤康光九段も破っている。しかも、これまで苦戦気味とされていた後手側を持ってのものだ。

 本局でも渡辺は、行方の角換わりを受けて立った(第1図)。堂々たる横綱相撲と言えるだろう。

■第2の手段

 後手の6筋位取りは千日手含みでカウンターを狙う作戦だ。以前から指されているものを渡辺が巧妙な待機策を編み出して改良させた。先手は千日手ではつまらないのでどこかで打開しなければならない。現在はその手段の発掘に試行錯誤している段階だ。

 行方は第2図から思い切った手段に出た。▲7五歩△5二金▲6八金右△3一玉▲7六銀と進めたのがそれで、積極的に伸びた歩に狙いをつけた。▲7六銀に△8六歩は▲同歩△同飛▲8五角(金取りと▲8七歩狙い)で先手良し。

 渡辺はしばらく考えて△2二玉と入城した。先手が▲7七桂から左辺を戦場にすることを警戒したものだが、▲7七角という第2の手段があった。単純ながら玉のコビンが受けにくい。渡辺は局後に△2二玉を反省していた。▲6八金右から▲7六銀と立つ構想は3年前に1局指されただけで、検討課題の中心に挙げられていなかった。これから定跡が整備されていく形だろう。その意味で本局は先鞭(せんべん)をつける一局となった。

■差が詰まる

 先手が銀桂交換から快調な攻めを続けて第3図。△4四桂はコビンをふさぐための苦心の産物だ。「うまいまとめ方がなかった」と渡辺は嘆く。ここは行方のチャンスだった。長手数になるが、▲5四銀△同歩▲4五銀△同桂▲2五飛△2四歩▲4五飛△8六歩▲同歩△7六銀▲4四角△同金▲同飛△3三角▲5四飛(変化図)と直線的に進めていれば、先手が少し良かったようだ。

 実戦は△4四桂に▲2四歩。垂れ歩自体は有効な手筋ながら1手の余裕を与えたため、飛車をさばくチャンスを逸し、さらに攻めの司令塔だった7七角を取られて難しくしてしまった。行方は「十字飛車を逃したのはまずかった。本譜は粘りモード」と振り返る。

■両者苦戦

 先手の攻めは細く、攻めているというよりもしがみついているという印象だ。第4図で行方は「手段を尽くした結果がこれではさえない」と攻め損なったことで悲観的に見ていた。△3九角から渡辺待望の反撃が開始された。陣形が薄くて反撃が怖いからといって踏み込みを欠くのではおかしくなる。盤側で渡辺の指し手を見ていて、「勇気を持って戦う」という加藤一二三・九段の座右の銘がふと頭に浮かんだ。ところが、渡辺も序盤の失敗への後悔から「ずっと負けだと思っていた」と局面を悲観していた。このあたりは実戦心理の面白さで、「両者苦戦」という意識の中で局面が進んでいたのだ。ともに勝負勝負と迫る手順が繰り広げられた末に、際どい一手争いの終盤に突入した。形勢もギリギリだ。

■と金の遅早を逃す

 第5図の後手玉は受け駒がなく、いますぐにでも破裂しそうな風船のようなもの。1分将棋が続く渡辺に繊細な手順が要求されている。駒をほとんど渡せない上に先手が堅陣で途方に暮れるところだ。△8六歩は▲同歩で次がないし、後手陣は歩も渡しにくい。本譜の△6五桂は部分的に見れば厳しいものの、やはり駒を渡すため敗着となった。

 第5図では行方が後日指摘した△4七歩成の手渡しが勝負手。以下▲7一角△5七とに▲8二角成△6八との攻め合いは、5九竜が利いて後手玉が詰まないので後手勝ち。遠いところに作ると金が攻防手を生んでいるのがミソ。検討の結果、△5七とに▲7八金寄△9五歩(△6八金からの詰めろ)▲5三角引成(上部を厚くして詰めろ逃れ)△4一玉▲4三歩△5二金という手順が最善とされたが、かなり難しい手順だ。

 本譜は終局直前の▲7七角が詰めろ逃れの詰めろとなり、行方が渡辺の△6五桂をきっちりとがめた。終了図の▲5四桂以下は△5三玉なら▲6二飛成△4三玉▲4四銀打から、△3一玉も▲8一飛成△3二玉▲3三銀から追って詰んでいる。

 渡辺は「(第5図では)△8六歩が利かないのでダメだと思っていた。時間がなく直接手しか見えないですから、△4七歩成はすごいですね。そうか、歩成りのワンチャンスだけだったか」と振り返った。

 行方、際どい終盤の末に難敵を破って2回戦進出。第1回以来の優勝に向けて大きな一歩を踏み出した。

(君島俊介)

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