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2012年3月6日13時52分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第28局  > 準決勝第1局 ▲羽生善治二冠―△菅井竜也五段

羽生、3度目の決勝へ

対局日:2012年2月11日

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■世代対抗戦

 「小ベテラン対若手世代」――。対局開始前のスピーチで、大盤解説を務める木村一基八段が今回の準決勝2局を図式的に評した言葉だ。とっさに出た「小ベテラン」という表現に、この世代が特権的に放つ途方もないほどの存在感ややっかいなまでの強さ、それに対する少し下の世代からの軽い羨望(せんぼう)やもどかしさといったニュアンスが伝わってくる。

 トップスピードに乗ったままいつしか不惑の坂を上り始めた羽生善治二冠、郷田真隆九段に、若々しいエンジン音を響かせながらまっすぐな地平を疾走する菅井竜也五段、広瀬章人七段がどんな戦いを挑むのか――。持ち時間40分のレースウェイでは、加減速のタイミングとコーナーワークの安定性が特に重要となろう。栄光のゴールは近くて遠い。羽生―菅井戦は、「歩が3枚」で羽生の先手と決まった。

■羽生新手

 両者は昨年5月に大和証券杯ネット将棋・最強戦の1回戦で対戦し、菅井がゴキゲン中飛車で快勝している。その将棋は14手目が△7二玉だったが、本局は△4四歩(第1図)。菅井が考案した斬新なアイデアで、準々決勝ではこの手を実らせて行方尚史八段を破った。自然な▲4六銀には△4五歩と反発し、▲同銀に△3二金(銀)と上がる。以下▲3四銀なら△5六歩、▲7八玉なら△4三金(銀)で、柔軟に対応する腹積もりだ。

 これに対し羽生は▲7八銀と上がり、△3二銀▲7七銀△5六歩▲同歩△同飛▲6六銀△5一飛▲3五歩△同歩▲3四歩△4二角▲4六銀と進んだ。▲7八銀が羽生用意の新手。△4四歩で後手の角道が止まったのを機に左銀を繰り出し、5筋の位を狙う趣旨である。関東の研究会ではここ最近しばしば俎上(そじょう)にのり有力視されていた指し方だが、菅井は初めて見たという。

 上の手順中、▲3四歩に△2二角と引くのは、▲4六銀△4五歩▲3五銀△6四歩▲7八玉△6五歩が一例だが「後手玉が薄すぎて実戦では指せない」と菅井。とはいえ、△4二角と引いた本譜も反撃の味に乏しく「後手はもうちょっと前に動かなくてはいけなかった」(菅井)。感想戦で示された代案は、さかのぼって▲7七銀に△4三銀。以下▲6六銀△5四銀▲3五歩△同歩▲4六銀△3六歩▲2六飛△4五歩は、双方怖いが、いい勝負とされた。

■辛抱合戦

 第2図の△8二玉は、先手に指し手の方向性をゆだねた手。羽生は手堅く▲3七桂で態勢整備を図ったが、ここは▲3五銀と上がり△7二銀に▲5八金右がまさったという。本譜は△3三歩でせっかくの位が解消してしまった。▲3七桂はいたずらに前に出すぎると反発を食らうと見て力をためた一着だったが、「どっちみち最後は押さえ込みに出るのだから、怖がってはいけなかった」(羽生)。漠然とした模様のよさを具体的な有利につなげるのはことのほか難しい。着々と中央に駒を集めつつ玉を固めた本譜の進行も先手にとって不満がないように映ったが、先行きが不透明な戦い方は羽生の好みではなかったということだろう。

 菅井はこの間、駒組みに神経をすり減らしながらも、自爆を戒めて崩れない指し方を貫いた。▲7八金上(第3図)にしびれを切らして△4五桂は、▲同桂△同金▲5九飛△8四桂▲4六歩△5五金▲同角△6四歩▲2二歩成△同角▲6四角で技が掛かる。焦らずじっと△2五歩と突いたのが後手のいい辛抱。先手もこれに呼応し▲1六歩と待つ方針も考えられたが、羽生は▲2二歩成△同角▲8六角で総攻撃を開始した。

■羽生にミス

 羽生が形を決めに出た決断は悪くはなかったが、△3七歩成(第4図)への対応が問題だった。本譜はここから▲4三と△4五金▲4二角△5六金▲同銀△2一飛▲2二歩(第5図)と進んだのだが、▲4三とが急ぎすぎの悪手。△4五金から飛車を奪われ、形勢は一気に混沌(こんとん)とした。▲4三とでは金上がりを防いで▲4六歩と突くのが冷静で、それなら先手の優位は動かなかった。

 局後、第5図を振り返った羽生は、「向こうの美濃が遠いし、先手は歩切れだし、最後は必ず端を狙われる形なのですでに自信がない」と分析。菅井は飛車取りに構わず△8四桂と打って勝負に出た。

■決め手を逃す

 ▲8六角成(第6図)の場面が本局のハイライト。秒読みに追われながらも「少しだけ勝負形になったと感じていた」菅井だが、△6八金としたのが痛恨の逸機。▲同馬に△9五歩が期待の一手だったが、▲8八玉△9六歩に▲同香(△同香なら▲9四桂で寄り)と切り返されて後手がいっぺんに不利になった。第6図では△7五角が、菅井自身が感想戦でひらめいた絶好打。(1)▲7五同馬△6八金▲7七金△7八金、(2)▲5二と△8六角▲6一と△同銀のどちらの変化も、後手の攻め合い勝ちが濃厚だった。対局中の菅井は、△5七角と打つ手はちらっと考えたものの△7五角は思いつかなかったという。競り合い勝ちの予感をかすかに抱きながらも、強くアクセルを踏むのをためらってしまったのが惜しまれる。

 以下は羽生が危なげのない指し回しを見せて優勢を拡大。後手陣の駒を根こそぎ奪うようなあまりの盤石さに、木村八段は思わず「ありゃあ、全部取っちゃうのか。菅井さんが成長して大舞台を戦う日に備えて、悪い記憶を植え付けておこうということですかね」――。

 終了図の1手前、△8五桂はまるっきりのタダに見えるが、何もなくても何かありそうと感じさせる勢いが、いまの菅井にはある。が、ゴールを見据えた羽生にまやかしの術は通用しなかった。迷うことなく▲同玉と応じ、ここで菅井が投了。以下は△6九竜で先手玉に詰めろを掛けても、後手玉が▲7四桂右で詰む。

 この日は地元の岡山から後援会長をはじめとする応援団が訪れていたが、その声援に菅井は勝利で報いることができなかった。「はるばる来ていただいた方々には申し訳ないという気持ちでいっぱいです。ただ、今回の敗戦はとても勉強になりました。羽生さんとの前回の対戦はネット将棋だったので顔が見えなかったけれど、今日は雰囲気が違って迫力がありました」とは、大勝負を戦い終えた19歳の若者の述懐である。

(小暮克洋)

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