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2012年3月8日21時40分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第29局  > 準決勝第2局 ▲広瀬章人七段―△郷田真隆九段

広瀬、決勝へ

対局日:2012年2月11日

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■目の上のたんこぶ

 広瀬は、準決勝と決勝の前に載った本紙の特集記事で、郷田を「目の上のたんこぶ的な存在」と表現した。1月の棋王戦挑戦者決定戦第2局の最終盤で、憮然(ぶぜん)とした表情で指していたことを思い出す。広瀬はポーカーフェースで対局中に内面を表に出すことが少ないだけに印象に残っている。

 また、隣で菅井竜也五段と対局する羽生善治二冠には、昨年王位を取られた。さらに昨年12月の王将リーグでは、自力残留をかけた最終戦で佐藤康光九段戦に敗れている。

 今年度、広瀬は40代の棋士に急所で負かされた。借りを返すに、公開対局でもある本棋戦は格好の舞台だ。

 郷田は昨年末から調子を上げて、本棋戦2年連続のベスト4入りや棋王挑戦を果たした。もともと早指し戦に強いタイプ。大きなチャンスを迎えた。

■郷田用意の銀冠穴熊

 事前に用意してきた局面までポンポン指し進めるのが近年の郷田のスタイル。若手時代は定跡が体系化され始めたころで、理解するための長考だったという。いまは序盤から大長考することが少なくなった。

 これまでの2人の対戦では、広瀬の四間飛車穴熊に郷田の居飛車穴熊がほとんどだったが、本局の郷田はノータイムで△3二銀から△1二香として銀冠穴熊を目指した(第1図)。あまり実戦例が多くないが、それだけ自分で工夫できる戦型でもある。

 「予想外だった」と広瀬は言うが、得意な戦型とあって顔色を変えずに▲3八飛と転じた。無難に駒組みしていくと好形の居飛車側が作戦勝ちになりやすいため、振り飛車側から動くのが対銀冠穴熊戦の定跡だ。

■郷田のためらい

 第2図は広瀬が歩交換に出たところ。▲3九金の1手を保留したため、後手の右金も中途半端な位置にいる。

 ここで郷田が長考に沈んだ。郷田が予定し、広瀬も警戒していたのが△8六歩の反撃。以下▲同角△4四銀▲3八飛△4二角▲7七桂△4一金▲3九金と進んでどうか。この順は今後の検討課題だ。

 実は、△8六歩の反撃は前例があり(2010年10月C級2組順位戦、佐藤和俊五段<先>−牧野光則四段戦)、その時は△4二角に▲7五歩と穏やかな手が指され、牧野四段が勝っていた。

 結局郷田は10分以上考えたが成算を持てず、△4一金と寄せた。しかし、この後に銀がさばけて先手十分に進んだことを思えば、△8六歩を掘り下げるべきだったかもしれない。時間の使い方にもためらいが感じられた。

■後手の駒がさばける

 角の使い方に特徴ある広瀬流穴熊。第3図からの▲6五歩は角を使って自然に思えたが、単に▲4六銀と厚く指すのが良かったという。以下△8四飛(角頭を守る)▲6五歩△7四飛▲5五銀で▲4四歩を狙う要領だ。この変化は先手の4筋の位が生き、後手の5筋の位をとがめている。

 本譜は▲6五歩に△8六歩▲同歩△2五歩。大盤解説の木村八段は「郷田らしい格調高い指し回し」と評した。次に△2六歩で穴熊にキズを付けて攻められるのが大きい。先に▲6五歩と突いたため△5六歩で攻められてしまい、かえって5五の歩が生きてしまった。ここで、後手が少しリードの展開となった。

■広瀬が優勢に

 攻めたり受けたりの競り合いが続いて迎えた第4図。苦戦気味の広瀬が勝負、勝負と迫っている。秒読みの中、ここで郷田は頭を抱えながら△2七歩と放った。馬を逃げない勇気ある勝負手。しかし、歩切れが大きいこと、▲5五角打に△3三金打と手放さなければならないことの2点が痛かった。数手後に△5八銀と絡むようでは攻めの効果が薄い。

 第4図では、△5六馬が良かったようだ。▲3三歩のたたきも広瀬が指摘した△4二金がうまく、先手の攻めが続かなかった。ただし、後手から見ると、▲3三歩△4二金の応酬はいわゆる「利かされ」で指しにくい。攻め味を残しながら穴熊を固めた広瀬の巧妙さが光った。

 しかし、時間がないのは広瀬も同じ。△6七金(第5図)と催促されて慌てた。▲3三角成△同金▲同角成△同銀▲3一金△4三角(広瀬が気にした粘り)▲2一金△同角に▲1五桂や▲3一金と迫れば、先手が勝っていた。本譜は△5六金というさらなる催促を軽視した。「攻め合いと受け切りで迷って、方針が一貫していなかった」と広瀬。

■自然な手が敗着に

 局後、郷田は第6図からの△4六角の王手を悔やんだ。△4六角では△3八銀成▲同歩△2七歩▲同玉△7七竜▲6七歩△1五桂▲1六玉△3四角とすべきだったと。検討の結果、先手が少し残っていそうだったが、実戦的にはまだ難解だった。

 △4六角は自然で好点の角打ちに思えたが、駒を使ってしまったためにかえって局面が分かりやすくなってしまったのだ。「つい△4六角と打ってしまった」と郷田は悔やんだ。

 郷田は△7七竜と桂を取る前に一瞬、テーブルに突っ伏すしぐさを見せた。そして、この後訪れるであろう運命から逃れるかのようにうめき、頭を振った。その姿は苦渋に満ちていた。いつしか、羽生−菅井戦が終局し、観戦者が一斉に本局を取り囲む。人垣が五重にもなっていた。

 △6七同竜は竜を犠牲に玉の安全を図ったものだが、今度は攻め駒が不足している。再び優位を確立させた広瀬は着実に慎重に指し進めていく。▲5九玉と穴熊玉が元の玉座に戻ったのを見て郷田が投了を告げた。後手玉は受けがなく、先手玉は詰まない。

 広瀬の表情はしばらくこわばっていたが、大盤解説会に出るころには少しほぐれてきた。木村八段に決勝の意気込みを聞かれると「相手は誰ですか」と言って会場の笑いを誘った。盤上没我を貫く対局者にとっては、ほかの対局の結果など分からないものだ。「羽生二冠です」と教えられると、「思い切りやりたい」と抱負を述べた。

(君島俊介)

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