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2012年3月15日21時25分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第30局(上)  > 決勝 ▲広瀬章人七段―△羽生善治二冠

羽生、貫禄の優勝

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羽生善治二冠拡大羽生善治二冠

広瀬章人七段拡大広瀬章人七段

■円熟の木村節

 決勝は広瀬章人七段と羽生善治二冠の顔合わせ。半年前の王位戦の激闘が思い出される。ベスト4進出自体が初めての広瀬にとっては、賞金1千万円が懸かった早指しの大勝負はもちろん未体験ゾーン。過去4回で優勝1回、準優勝1回、準決勝敗退1回の羽生にとっては、3度目の通いなれた道だ。

 午後2時半対局開始。別フロアの大盤解説場では、木村一基八段と本田小百合女流二段による解説も始まった。

 「2人は互いに手ごわい相手と見ているはずです。少なくともチョロイとは思っていないと思います。広瀬さんの作戦は、おそらく得意のアレでしょう、アレ」――。早くも踏み込みのいい木村節がさえわたる。その言葉通りに広瀬は迷わず四間飛車から穴熊に。対する羽生も▲1九玉に△1二香と上がって堅さ負けを嫌った。「いやあ、相穴熊は組むのに時間がかかるんですよね。何をしゃべっていいかわからないから困ります」と話しながらも木村八段はニコニコ顔。

 20年ほど前、仲のいい木村、近藤正和六段、鈴木大介八段の3人組が「おしゃべり三銃士」と呼ばれていた頃が懐かしい。3人が3人とも、10秒も黙っていると呼吸困難に陥ってしまうかという勢いでしゃべりまくっていた。もっとも近藤に言わせると、「残りの2人は人の話をまったく聞いていなかったけれど、僕だけはちゃんと耳を傾けていた」となるのだが。

■広瀬の信用

 △8五歩(第1図)まで進んだときに、大盤解説場でちょっとしたハプニングが起こった。広瀬の次の指し手として「▲6五歩」が入力された図が、スクリーンに映し出されたのだ。しかし何か違和感がある。▲6五歩と突けば、△8六歩▲同歩△4五歩と決戦に出られるのは必定。どう見ても先手が忙しそうだが、いったいどういうことなのか。木村八段は「ほおー。いや、普通はもっと間合いを測りそうなところを積極的ですねえ――。さすがです」。だが少したって、▲6五歩が実は▲4五歩の誤りだったという情報がもたらされた。八段はその途端、吐き捨てるように「いやあ、穴熊の達人が指した手を、変だと断言する勇気が僕にはありませんでした。なんたって達人ですからね、達人」。前回優勝の木村八段は、今回はベスト8で広瀬に敗れている。敗戦の傷口はまだ完全にはふさがっていないようだった。

 ▲4五歩以下は、△5五歩▲4四歩△同銀▲4五銀△同銀▲同飛△4三歩(第2図)という進行。途中▲4四歩に△5六歩は、▲4三歩成△2四角▲4二と△同銀▲6七金打△5七歩成▲同金上で先手陣が厚い。「▲4五銀とぶつけたところではまずまずかと思った」と局後、広瀬はこの場面を振り返った。

■マイナスの記憶

 △4三歩(第2図)は▲4四歩の防ぎ。「昔、丸山さんが同じような歩を打って、あんまりうまくいかなかった記憶があります」とは局後の羽生の感想だ。帰宅後に調べてみると1999年8月の▲丸山忠久―△鈴木大介戦(竜王戦挑戦者決定戦第1局)に類似局面があり、居飛車穴熊の丸山が▲6七歩と謝り結果は千日手に終わっていた。羽生の脳内の格納庫には、どれほどたくさんの参考資料が保存されているのか計り知れない。

 広瀬はいったん▲4九飛と引いて、△8四飛▲6五歩△7四飛に▲4六飛とした。1度引いた飛車を再び浮くのは気乗りがしないようでも、続いて△3二金寄に▲4八金左が好感触。数手前から壇上にゲスト出演していた郷田九段が形勢を問われ、「この局面は先手を持って指してみたいですね」と率直に答えた。4筋の歩が切れたことで先手は、攻めては▲4二歩、受けては▲4九歩が可能になるのが少なからぬメリットという。

■銀打ちの明暗

 羽生の△6七銀(第3図)が伝えられたときは、会場全体に軽いどよめきが起きた。すんなり△7六銀成▲5九角△6七成銀が実現すれば話はうまいが、スピード勝負になって、打ち込んだばかりの銀が取り残されると後手はヒドいことになる。とはいえ、ひとめ目につく▲6四歩は△同飛▲6六飛△同飛▲同角△6九飛で後手が指せるようだ。いろいろと駒を動かしても、先手から速い展開に持ち込む方策はなかなか見つからない。マイクを手にした郷田九段は「△6七銀は、本当は好手なのかもしれませんね。筋が悪いようでも、これで先手に手がないと見たわけか。さっき僕は先手持ちって言ったような気がするんだけど、もう変えられませんよね?」と言って苦笑い。さらに広瀬の▲5二銀がスクリーンに映ると九段は驚いた表情で「えっ、そこに打っちゃったの? ほんとに? これも筋が悪い手ですけどねえ……」。▲4三銀成を避けて△4四歩なら今度こそ▲6四歩と突けば、前述の変化で△6九飛には▲7一飛△5八銀成▲同金△6六飛成に▲4三銀打があって、これは先手が指せる。郷田九段に続いて登壇した菅井五段は、木村八段にここ数手の感想を尋ねられ、「△6七銀は、恐れ多くて自分からは筋が悪いとは言いにくい。▲5二銀は、筋の悪い手には筋の悪い手ということですか。あ、言ってしまった(笑)」とユーモラスに応じた。

 いくら筋が悪くても、それがいい手ならば何の問題もない。しかし▲5二銀には△4二金上が力強い受けで、以下▲6三銀不成△7六飛▲同飛△同銀成▲9五角△5六歩▲8二飛△6六角と進んだ第4図は後手の勝勢が明らかになった。「代替案は難しいが、宙を切った感のある▲5二銀の罪がかなり重かったのでは?」が木村八段の見解。第4図までの手順中、△7六同銀成に▲8二飛も△7七成銀▲同桂△5六歩▲5二銀成△5七歩成▲同金△7五角で後手がいい。広瀬の誤算は▲8二飛には△9九角成の一手と読み、それなら▲7七歩とフタをすれば先手も十分戦えると即断していたことだった。

 第4図以下は、▲5二銀成△3三金右▲5六歩△8八飛▲4九歩に△5七歩が厳しく大勢が決した。以下は十数手進んだところで広瀬投了。「筋が悪くても流れを引き寄せた△6七銀が勝着。羽生さんの独特の勝負勘が生きました」とは木村八段の総括である。

 表彰式のあと別室で行われた感想戦では、△6七銀(第3図)以降の数手が深く掘り下げられた。熱心なファンのために、その概略を観戦記(下)で記しておこう。

(つづく)

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