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2012年7月26日16時53分
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<  第35期朝日アマ名人戦第1局  > ▲秋山太郎(挑戦者)―△清水上徹(名人)

清水上さん、逆転で先勝

対局日:2012年5月26日

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■4連覇か初制覇か

 昨年3連覇を果たし、朝日アマ名人戦三番勝負の「顔」になりつつある清水上徹さん。今期は挑戦者に秋山太郎さんを迎えた。秋山さんは3月17日・18日に行われた全国大会で初優勝し、今回の挑戦権を得た。2人はともにアマ大会の優勝経験が多く、アマ棋界きっての実力者だ。

 対局場は、昨年と同じく神奈川県湯河原町の「ゆがわら石亭」。5月26日午前に到着した二人は、検分を終えると昼食をとって対局に備えた。初夏の湯河原は新緑にあふれ、対局室からも青々とした山を一望できる。外を歩くと、どこからか運ばれてきた花の香が鼻腔(びくう)をくすぐった。

 午後1時30分、立会人の加藤一二三九段の合図で第1局が始まった。持ち時間は90分。使い切ると1手1分の秒読みになる。

■ゴキゲン中飛車対「超速」

 清水上さんのゴキゲン中飛車に対し、秋山さんはプロ棋界でも流行の対策「超速」3七銀戦法で挑んだ。玉の囲いよりも優先して銀を繰り出していく積極性が特徴で、早くからリードを奪いにくるため、振り飛車側は序盤から気が抜けない。清水上さんは△3二銀と低く構え、△5六歩で早期決戦に持ち込む作戦を選んだ。対する秋山さんは中央に手厚く構え、押さえ込みの方針で指し進めていく。▲2四飛(第1図)までは定跡の進行で、プロの実戦例も多い。

 ところが第1図での△3二金が、読みのエアポケットに入ったかのようなミス。秋山さんは慎重に時間を使い、▲4二角と打った。これで後手が困っている。△同金は▲2二飛成でひどいので△5二飛とかわしたが、▲7五角成と強力な馬を作られてしまった。「▲4二角の筋は知っていたが、大丈夫だと思ってしまった。あまり実戦で指したことがない形だったので……。予定ではないです」。後日、清水上さんは苦笑しつつ振り返った。

■実戦の難しさ

 だが、先手もどうリードを広げるかとなると悩むところ。具体的な指し手が難しいことを計算に入れた、清水上さんの修正手順は見事だった。馬を目標にしつつ、中央から反発して第2図。ここで△5五歩と取り、▲4五銀△5三角▲5四銀△6四角▲6五馬△5六歩まで進めば後手十分だった。実戦ではこれを見送って△2三銀。角を追われたときに2二に引く意味で、これも味のいい手に映った。しかし以下▲7七桂△5一飛は力のため過ぎで、▲6五馬の好手があってはチャンスを逸した。後手は遅ればせながら△5五歩(第3図)と取ったが……。

■幻の強襲

 ▲6五馬が好手というのは、後手の△5五歩を封じているからにほかならない。そう、第3図では▲2三飛成△同金▲4三馬という強襲があったのだ。これはそっぽに行く金の形がひどく、後手にとっては金銀2枚分の損失に等しい。明快に先手優勢だった。局後、秋山さんは「逆(▲4三馬△同金▲2三飛成)ばかり考えてました。まったく見えなかったですね」と話す。飛車を渡すリスクがあるために、実戦的に考えにくかったのだろう。

 本譜は▲4五銀で角を攻め、以下△2二角▲4三馬△5六歩▲3二馬△7七角成▲同銀△3二銀▲5八歩と進んだ。先手は金桂交換の駒得だが、後手の△5六歩も大きな手。秋山さんは持ち時間を使い切り、1分将棋になった。先手が若干のリードを保っているが、最善を逃したことであやしい雰囲気が漂っている。

■先手優勢に

 清水上さんが攻め、秋山さんが受ける。熱のこもった応酬だ。加藤九段は「一手指したほうが良く見える」と話し、盤上ではひと目で形勢判断が定まらない局面が猛スピードで流れていく。分かれがはっきりしたのは第4図。後手の飛車を捕獲したことで、先手が優位を確保した。感想戦での両者の見解は「先手よし」で一致している。「混戦だと思っていたんですが、ずっと悪いんですかね」と清水上さん。以下△5六銀▲2八金△6五銀▲3八金△3六角▲3七桂△4九竜▲3九飛△同竜▲同金(第5図)と進み、秋山さんが後手の攻めを振り切った。

 第5図から清水上さんは△5六銀と銀を逃がしたが、これで先手に攻める番が回ってきた。以下▲3一飛△5一飛▲2一飛成△同飛▲同馬△2八歩成で第6図。先手は駒得を拡大した。△2八歩成はどう応じても味が悪いが、金を取るまでもう一手かかるので、その間に後手玉に迫れればいい。秋山さんはしきりに「難しい」とつぶやき、その手は自陣に伸びていった。

■一瞬の転落

 第6図から▲4九金と指すやいなや、すかさず清水上さんが△4一飛と打ちつけた。馬と金の両取り。痛打だ。秒を読まれながら▲1一馬と香を取ったが、△4九飛成と急所に成られては完全に逆転した。第6図では▲1一馬△3九と▲8五香と進めるべきで、これなら先手が優位を維持できた。

 秋山さんは玉頭からアヤを求めたが、すでに勝負が決していたことは自身もわかっていただろう。清水上さんの冷静な対応の前に、いくばくもなく投了を告げた。

 終局後、「ずっと苦しかったですね」と清水上さんがつぶやく。すると秋山さんは「いや、飛車(△4一飛)うっかりしてね」とからりと笑った。

 その日の夜、夕食の席で秋山さんはよく笑った。初めての番勝負、「負けても今日終わらない」と前を向く。「三番指したい」と語った顔は、将棋が好きな人の顔だった。

(松本哲平)

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