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2012年10月10日18時6分
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<  第6回朝日杯オープン戦第7局  > 1次予選1回戦 ▲藤森哲也四段―△遠藤正樹アマ

625戦目の「師弟」対決

対局日:2012年7月7日

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■「師弟戦」

 2人は藤森が奨励会初段に上がったころに、遠藤アマが声をかけて指すようになった間柄だ。記録に残っているだけでも遠藤アマの313勝311敗というからすごい。最初は遠藤アマが大きく勝ち越していたが、藤森が三段に上がったころから「手応えが変わった」と遠藤アマ。藤森が巻き返してほぼ五分の成績となった。

 遠藤アマの将棋への取り組みはプロ顔負け。毎日将棋に触れているだけでなく、1年ほど前には「いままでで一番勉強している」という発言も聞いたことがある。実際に2009年末にアマ王将戦で優勝するなど40代になっても実績を積み上げている。藤森は遠藤アマの技術だけでなく、姿勢にも大きく影響を受けている。その意味では本局は師弟戦でもある。

 本局の数日前に遠藤アマに会うと、気合を入れながら「僕は対プロ戦7勝7敗なんだけど、テツ(藤森の愛称)も通算7勝7敗で同じなんだ。で、7月7日対局。しかも、(藤森の父の)保さんの誕生日が7月7日で7尽くし」と笑顔を見せた。

■相穴熊戦

 対局当日、藤森は緊張した表情で対局場に入った。これまでの対局とは違い、本局は2人にとって初めての公式の勝負将棋ということ、プロとして負けられないことが彼を緊張させた。遠藤アマの表情は、厳しさはあっても、藤森ほどの緊張は感じられなかった。朝日杯では第1回でプロに2勝するなど、プロアマ戦の雰囲気は知り尽くしている。

 戦型は遠藤アマの中飛車からの相穴熊。藤森は四間飛車穴熊を予想していたが、「四間飛車穴熊は苦しい」と遠藤アマ。プロ間では広瀬章人七段を中心に四間飛車穴熊が多いが、「アナグマン」の異名を持つ遠藤アマは独自の考えを持っている。

 第1図で△4四角の他に△7五歩▲同歩△7二飛の先攻も有力だった。△4四角に▲2八飛なら△2二飛▲4六歩△同歩▲4八飛△6六角▲同歩△4七銀という展開が考えられる。いずれも、2人の練習将棋で経験がある。

■ひとマスが大きな差

 第2図は先手が指せている。では、なぜ遠藤アマは本譜を選んだのか。「どうやって互角に近い分かれで相手についていけるかという将棋」と遠藤アマは話す。その裏には「五分に近ければ穴熊独特の終盤戦で、経験値を武器に戦える」という考えがある。

 遠藤アマと広瀬章人七段による共著で、穴熊党必読書である「とっておきの相穴熊」のまえがきには「穴熊は経験値の高い方が有利」と記されている。いわば、中盤は少し指しにくいけれど終盤は勝ちやすい展開を目標にしていたのだ。

 第2図では▲3五同角△同歩▲2一飛成とするべきで、これなら先手が指せていた。その理由は第3図にある。駒得していて先手好調に見える。が、△3五角が攻防によく利く角打ちで案外先手が大変なのだ。第2図で▲3五同角とすれば、後手は角を攻防に打てなかった。歩の位置の1マス分の違いが大きな差をもたらすところが将棋の難しさだ。

 第3図で藤森アマは▲4一歩成。これに対し遠藤アマは△5五銀からラッシュをかける。遠藤アマは「△5五銀とぶつけて攻めがうるさいと思った」。得意とする終盤で攻守が入れ替わった。

■わずかに後手良し

 第4図は後手玉が詰まないため、△7八成桂で良かった。本譜は△8三同金と取ったため、▲7一竜からかえって攻められてしまった。「直線一気」を座右の銘にする藤森らしい反撃が始まった。

 第5図の▲3八角が終盤のテクニック。△同竜と取らせることで先手玉が絶対詰まない形になった。2人は先手勝ちと思っていたが、実際は▲3八角以下△同竜▲7五桂△7四玉▲5五角成△同歩▲5四銀△4七角と進んでみると、角が好防で先手大変だった。

 第4図でチャンスを逃したが、わずかに後手が残していたようだ。「本譜は寄らない。攻めが細いと思った」と大盤解説を務めた阿久津主税七段。藤森は▲6三銀不成から王手竜取りをかけて粘った。

 なお、第4図で△7八成桂に▲9二成香△同玉▲3八角は△同竜が詰めろなので無効だ。

■認め合う2人

 第6図の後手玉は詰めろではない。よって、△5六香や△5六桂と攻め駒を足して詰めろをかければ後手勝ちだった。本譜は△5二金打▲4八飛成△5六桂▲5九竜△同成桂と駒が先手玉から遠ざかってしまった。ここで形勢がはっきりした。▲4八飛成に△8九飛成▲同玉△7七桂と迫っていれば後手がまだ残していた。後手玉は飛車を渡しても詰まなかったのだ。遠藤アマは△5六桂を「だらしない手でしたね」と悔やんだ。チャンスが多かっただけに惜しまれる終盤だった。

 はっきり勝ちになった藤森は的確に後手玉を寄せた。終了図からは△5四歩に▲6五金△5三玉▲5四金から、「玉は下段に落とせ」の格言の通りに寄せていけば後手玉は詰む。

 大盤解説会場での感想戦で「アマ代表として指していたので悔しい」と話していた遠藤アマ。それでも、控室では笑顔を見せながら藤森と符号のやり取りをしていた。プロアマ戦では珍しい、長年認め合う2人ならではの光景だった。

 その様子を見ていて、記者は昨秋の三段リーグ最終日のことを思い出した。昇段争い7番手の藤森は、競争相手が敗れたことにより大逆転で四段昇段を果たした。藤森のホームグラウンドである蒲田将棋クラブの常連客は、なじみの店に集まって彼を祝福した。奨励会の打ち上げから蒲田に戻ってきた藤森は母の奈津子女流四段と遠藤アマの真ん中の席に着いた。そのときの笑顔は忘れられない。何百局も指して切磋琢磨(せっさたくま)してきたから、いまの2人がある。そして、これからも研鑽(けんさん)を積んでいく。(君島俊介)

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