< 第6回朝日杯オープン戦第8局 > 1次予選2回戦 ▲秋山太郎アマ―△田村康介六段
■横歩は取らず
7月7日に行われた一斉対局で阿部健治郎五段を破った秋山アマは「望外の将棋でした」と振り返った。1回戦からおよそ1カ月、秋山アマは対田村戦に向けて準備を進めてきた。田村の棋譜を順位戦を中心に10年分ほどさかのぼって調べ、本局へ臨んだ。秋山アマの公式戦成績は4勝4敗。指し分けは堂々たるものと言える。
秋山アマの作戦は横歩を取らずに相懸かり。先手は浮き飛車で後手は引き飛車。秋山アマは1993年まで奨励会に在籍していた。当時はまだ横歩取り△8五飛戦法はなかった。指し慣れた相懸かりを採用したのだろうか。
第1図の△9四歩まで、秋山アマは慎重に時間を使って28分。対する田村の消費時間は5分。早指しでならす田村は普段通りのペースだ。
■先制攻撃
▲3五歩(第2図)と秋山アマが果敢に仕掛ける。飛車のポジション以外は同型。飛車の上下運動で千日手にするのは先手番の利を放棄してしまうことになる。秋山アマとしては予定の動きだろう。ただし▲3五歩△同歩▲4五桂から秋山アマは1分将棋。田村は7分しか使っていない。
この日は奨励会例会が行われており、生きの良い若者のキビキビとした姿が館内のあちらこちらで見受けられた。
両者は第12回(92年10月〜93年3月)奨励会三段リーグで1度対戦している。新三段の田村に秋山三段が先輩の貫禄を見せた。田村はこの敗戦が四つ目の黒星となり、それが響いた。この期に昇段を決めたのは15勝3敗の川上猛三段(現・六段)と14勝4敗の久保利明三段(現・九段)だ。田村は14勝4敗で久保三段と同星ながら順位の差で次点に終わっている。
■予定変更
▲5三同桂成に対し△7五歩(第3図)の反撃だが、田村は「予定変更です」と話す。当初は△3八角と打つつもりだったようだ。しかし▲4七歩と打たれると以下△2九角成▲4六歩で後手が面白くない。飛車と馬の交換は先手が得をしている。「角(△3八角)打てないんじゃおかしいっすね。ここは苦しいかもしれない」と田村は話す。駒損ながら先手の成桂が光って見える。
△7五歩に▲4九飛が疑問で形勢は急接近した。△7五歩に対しては▲4七金と馬に当てる手が勝る。以下△3八角▲4六金△2九角成に▲8一角(変化図)が厳しく先手が指せる。
▲4七金と上がっていれば秋山アマの優勢は動かなかった。局後「大事な局面で、こちらが1分将棋なのに相手が残り30分では……」と語る。時間との戦い、やはり朝日杯で大きなポイントになるキーワードだ。
■馬の力
△4四馬(第4図)と引いた局面で田村は流れの好転を感じ取っていたようだ。▲5四成桂△同馬と目ざわりな成桂を盤上から消すことが出来た。「急所の成桂を外して楽になりました」とは田村の弁だ。おまけに成桂を取った手が7六の地点にも利いている。
■田村踏み込む
▲5四角にやや手を止める田村。時間を使っていると感じていたが、棋譜を確認すると、ほんの数分だったことが分かる。これまであまりにも田村の指し手のテンポがよく、ことさら長く感じられたのだろう。
飛車取りを放置して△7六桂(第5図)と跳ねだす。しばしの考慮で己の勝ち筋を見いだしたか。
△7六桂に秋山アマは素直に▲同角と応じる。しかし▲7二角成と飛車を取る手は成立しなかったのか。
この日、奨励会幹事として来館していた北浜健介七段に話を向けると、「厳密に言えば△8八歩や△8七歩、もしくは△8八銀▲6九玉△8九飛で後手が優勢ですが、勝負としては飛車を取る手はあったと思います。▲7六同角には本譜の△3九飛▲4九歩に△6五桂と跳ねる手がピッタリすぎますから」と話してくれた。
■再び相まみえる日まで
△7九金(終了図)に秋山アマは「負けました」とハッキリした声を発した。△7九金からは▲5九玉△7七角成▲6八金打△同馬▲同金△3七角▲4八桂△5八歩▲同玉△4七銀以下の即詰みだ。
田村は三段時代の苦い黒星の借りを返した。20年近い歳月を経てリベンジを果たしたことになる。
一方の秋山アマは短い感想戦のあとに、取材に応じた。「プロとの戦いはごまかしが利かない。でもそういった緊張感がうれしい」と語る。公式戦が指し分けだったことに話題を向けられると、第3図の△7五歩に▲4七金と上がるモーションを何度か繰り返しながら「ひそかに勝ち越しを狙っていたんですよ。ひそかにね」といたずらっぽく笑った。まだまだ秋山アマの挑戦は続きそうだ。
(滝澤修司)
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