< 第6回朝日杯オープン戦第9局 > 1次予選2回戦 ▲堀口一史座七段―△伊ケ崎博アマ
■7年越しの初勝利
7月に行われた一斉予選では、4人のアマチュア選手がプロを破った。中でも完勝と言える内容だったのが、伊ケ崎博アマの対局だ。得意の矢倉から攻め倒しての勝利は、見る者に強烈な印象を残した。
伊ケ崎アマは7年前にも対プロ戦を経験していたが、そのときは安用寺孝功四段(現六段)に力の差を見せつけられた。「昼食休憩前に苦戦になって、そのまま押し切られました」と、伊ケ崎アマは当時の記憶を紡ぐ。その終盤、安用寺は長考に入るとバナナを食べ始めた。局面は安用寺勝勢。このときに観念したことが一番印象に残っている、という。
このときの舞台は朝日オープン将棋選手権の予選。現在の朝日杯の前身となった棋戦で、アマチュア選手が10人参加する画期的な制度はここから生まれている。ちなみに持ち時間は3時間。早指し戦の本棋戦とは違い、栄養補給をする余裕もあったわけだ。
本局は前局が行われた大阪から場所を移し、東京・将棋会館で行われた。伊ケ崎アマは7年越しの初勝利を胸に、3度目の公式戦に挑む。
■端攻めの有無
迎え撃つのは堀口一史座七段。持ち時間6時間の順位戦で1手に5時間以上使った逸話は有名で、長考派で知られる居飛車党だ。第20回朝日オープン将棋選手権で優勝した経験もある。本棋戦では本戦トーナメント進出が最高成績だが、さらに上を目指せる実力の持ち主だ。
対局が始まり、先手番を得た堀口は矢倉を目指す。これは両者得意の戦型。伊ケ崎アマは△5三銀右からの持久戦を選択した。第1図を見るとわかるように、先手は飛車先を伸ばしているが、後手はこれを保留して桂を活用できる態勢を整えている。
しかし気になるのは端が伸びていないところ。同じようでも先手の4六銀・3七桂型は端を攻めるので、爆発的な火力が生まれるのだ。本局の後手にはその絡みがない分、どうしても攻めが薄味になりやすい。
堀口は棒銀から端を伸ばし、ゆっくりとだが確実に攻めの形を整えていく。端攻めの有無。この一点が本局最大のポイントになった。
■血路を開く
先手にじりじりと間合いを詰められた伊ケ崎アマ、7筋から先攻して開戦。しかしやはり▲1五歩(第2図)が厳しい反撃だ。当初は△同歩▲同銀△同香▲同香△7七歩と対応するつもりだったが、自信が持てず予定変更。伊ケ崎アマはため息を漏らしつつ、第2図から△7五銀▲同銀△同角▲7六歩△6四角▲5五銀△6九銀(第3図)と勝負をかけた。仮に▲7九金と逃げれば、△5五角▲同歩△5八銀打が手筋の追撃で、あっという間に受けにくくなる。この攻め合いで血路を開く判断は、伊ケ崎アマの勝負勘が導いたものだろう。攻めの鋭さは一斉予選のときに証明済みだ。「一番いやな手だった」と堀口。後手の矢倉は健在、ひとつ受け損なえば一気に敗勢になる。しかし、ここからの堀口の対応が冷静だった。
■指されなかった勝負手
まずは第3図からの手順をご覧いただこう。▲6四銀△同歩▲1四歩△1二歩▲4六角△5八銀打▲5七金△7七歩▲6八金△7六飛▲7九歩で第4図。見事に2枚の銀に空を切らせている。参考にしたいのは手順中の▲4六角。角は近くにいても受けにはそれほど役に立たないうえに、相手の目標になるだけだ。スペースを作ったことで金が自由に動け、受け止める態勢を築くことができた。
後手は残った戦力をフル活用して攻め続けたが、駒が不足気味で形勢は苦しい。終盤、△7八金(第5図)の鬼手に堀口が思わず「んっ」と顔を近づける場面があった。しかし以下▲同歩△6七金▲1八飛△7八歩成▲同飛と応じられて、飛車一枚では先手玉を寄せられない。
▲7一飛(第6図)で反撃の手番が回ると、以下△3六竜▲1三角△同歩▲同歩成(終了図)で伊ケ崎アマの投了となった。終了図からは△同香▲同香成△同玉▲1四歩と追って、後手玉はそのまま詰んでいる。
終局すると、伊ケ崎アマがすかさず「歩を打つんでしたか」と問いかけた。第6図で△5一歩と中合いすればどうか、ということだ。▲同飛成なら△4二銀で逃げ道ができ、後手玉の寿命が延びる。検討では▲5八金打で先手勝勢と結論づけられたが、「秒読みだと相当焦りますよね」と堀口。実戦では何が起きても不思議ではなかっただけに、惜しい逸機になった。
堀口は一局を振り返って、「全体的にこちらの手が一手ずつ早く進んでいて、模様がよかった。作戦勝ちを生かして押しきれた」と話した。後手の攻めをきっちりしのぐあたり、さすがプロという印象を受ける。感想戦ではほっとした表情を浮かべ、少し冗舌になっていたようにも感じた。やはり今回の対局には、少なからずプレッシャーがかかっていたのかもしれない。
■一番の目標は
対局後日、伊ケ崎アマに話を聞いた。中盤の流れを決めた△6九銀を、「攻めが単調すぎて差が広がり、はっきり足りないと感じた」と語る。全体を通しては「後手番での一手の遅れをきっちりとがめられて完敗でした」と振り返った。今回の公式戦出場については、「一斉対局で他のアマ選手を応援しているときが、大きなイベントに参加しているという実感があって一番楽しかった」と答えた。一局一局は個人戦でも、プロに立ち向かう者同士で連帯感が生まれる。それが一斉予選の大きな魅力につながっているのだろう。
「これからも将棋を続けていくことが一番の目標です」と語る伊ケ崎アマ。情熱の火は消えない。
(松本哲平)
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