< 第6回朝日杯オープン戦第11局 > 1次予選2回戦 ▲古屋皓介アマ―△田中寅彦九段
■棋譜並べをして研究
古屋アマは当日午前9時30分過ぎに特別対局室に到着。関係者に荷物の置き場所を尋ねてから、すぐに盤の前に着座して、正座を崩さずに田中の到着を待った。表情は硬く、緊張感が盤側にも伝わってくる。
それから10分ほどで田中が到着し、古屋アマは立ち上がって田中に丁寧にあいさつ。田中も「はい。よろしくお願いします」と温かいあいさつを返して対局準備が始まった。駒を並べ始めたところで古屋アマを見ると、硬さがほぐれてりりしい表情に変わっていた。
戦型は、先手の古屋アマが角道を開けたまま四間飛車に構えた。
「事前に将棋年鑑で調べて田中先生の将棋を研究しました。矢倉がものすごく強いなと感じて。自分も矢倉を指さないこともないのですが、とてもかなわないと思ったので、とにかく飛車を振って穴熊を目指す作戦でした」(古屋アマ)
■序盤のエジソン
角道を止めない四間飛車は、後手が△4二玉としたタイミングで▲2二角成と交換することが多い。手損になるが△2二同銀と取らせることで居飛車に穴熊に組ませない狙いだ。だが古屋アマは角交換せずに一目散に穴熊を目指した(第1図)。相穴熊には自信があるということだろう。
対して「序盤のエジソン」の異名を持つ田中の目が早くも光った。第1図から△5五歩。中央に位を取って、抑え込みを狙う構想だ。このような駒を盛り上げる将棋は、角交換をしていると隙が生じやすくまとめづらいが、本譜は振り飛車が角交換してこなかったことをうまくとがめている。機敏な動きで序盤戦は田中がリードした。
■進展性を奪われる
△5五歩を見ても先手は構わず穴熊を目指す。「とにかく穴熊に囲ってしまえばどうにかなると思っていて」と古屋アマ。
しかし後手の銀がするすると5四まで進出してみると絶好の位置。△6五銀〜△7六銀と突進される手を防いで▲6六歩(第2図)と突いたが、「陣形の進展性を奪われてしまいました」と古屋アマ。
田中も「△5四銀に▲6六歩の局面はこちらの作戦勝ち。先手は△5四銀の好形を作られる前に何か対策がないとつらい」と感想戦で語っていた。
■後手好調
第2図から玉形を整備した後手は、△4五銀〜△5二飛と中央に狙いをつける。さらに△7四歩〜△7三桂と活用して総攻撃の準備を整えた。対して先手は機先を制して▲7五歩と桂頭攻めで開戦したが、後手は相手の手に乗る形で飛車桂を軽くさばく。と金を作って飛車角の総交換から飛車を先着した局面(第3図)は、後手が好調な展開だ。
さらに後手は竜を自陣に引き付けて、穴熊の乱暴も許さない構え。第4図は一見すると先手の銀が天王山を制して威張っているように見えるが、孤立した不安定な駒であり、その欠陥をついた△8八角が厳しい。序盤の模様の良さが具体的なリードにつながり、後手がはっきり優勢だ。ところが好事魔多し。「これは大差になるかなと思って、楽観しすぎてしまった」と田中。
■後手の逸機
第4図から先手は▲4六角と銀にヒモをつけて辛抱する。つらい受けだが▲7三歩成〜▲6三歩成があるので、辛抱してもやれると見ている。対して△5七歩(第5図)と攻め合ったのが、竜を自陣に引き付けた方針と相反するちぐはぐな選択だった。
第5図では代えて「△4五銀が良かった」と田中。以下▲7三歩成に△5四銀が好手。▲6三歩成には△同銀▲同と△同竜と清算してしまう。一時的に銀損になるが、先手は歩切れで5五銀と4六角の形も悪く、後手が優勢を維持できた。なお、△5四銀のところ△4六銀と角を取るのは▲同銀と取った形が良く、さらに▲6三歩成が残る。これは穴熊の強みが生きる展開だ。
■後手に痛恨の悪手
形勢は急接近していたが、序盤の貯金が大きくまだ後手が残していた。だが、1分将棋に入っていた田中が、時間に追われて打った△6二歩(第6図)が痛恨の悪手。ここは△5七とと攻め合うべきで、それなら難解ながら後手もやれていた。「△6二歩はひどかった。かえって攻めが早くなっているぐらいだ」と田中。
第6図から▲8二飛が厳しい攻め。次に▲6二とがあるので後手は手を抜けず△5一金と頑張ったが、▲8一飛成で今度は▲6三歩成△同歩▲同と△同竜▲5一竜の狙いが生じている。受けのなくなった後手は、攻め合いを目指したが、すでに形勢は取り返しのつかない差がついていた。
■プロの迫力を肌で感じる
田中は、第6図から苦悶(くもん)しながら50手以上も粘り続け、プロの意地を見せてくれた。途中、古屋アマが最善の寄せを逃がしたところでは、もつれたかと思わせる局面もあったが、最後は穴熊の強みを生かして押し切った。127手で田中が投了。
投了図は▲3二金△同馬▲同竜△同玉▲4一角△2二玉▲3一銀以下の詰めろ。4六角がよく利いている。受けても一手一手の寄りで、先手玉は有効な王手がかからず絶対に詰まない形だ。
古屋アマは、最後の詰み筋が見えたのは最終手の▲5一とを着手した後だったとのこと。「勝っているとは思いましたが、田中先生の迫力がすごくて、寄せに出てからも必死でした」と語ってくれた。
プロの迫力を肌で感じた古屋アマ。その激闘の余韻も冷めぬうちに、同日の午後に中村亮介五段との3回戦に臨む。
(宮本橘)
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