< 第6回朝日杯第36局5 > 本戦準決勝 ▲羽生善治三冠―△渡辺明竜王
■長岡五段追記
【27手目▲1六歩】(第6図=再掲)
この形が流行していた時期もありましたが、いまでは逆に後手から△1四歩と突く形も出てきました。それによって先手の作戦も下火になっています。1筋の突き合いは端攻めする権利があって先手が得と見られていましたが、△2五歩▲2八飛△2四飛と反撃する形になると後手の得になるので難しいです。
【28手目△7四歩】
△2三銀や△1四歩も有力。これらは8四飛型の守備力を生かす指し方です。
【32手目△8五飛】(第4図=再掲)
1手損なので評価が分かれる指し方。1号局の及川戦以前は、△9四歩や△4一玉が考えられていました。この飛車浮きなら先手がよくなるという感覚でしたが、この手がいい手だとすると、「手の損得」がこの局面では重視されないということかもしれません。ちなみにあえて8五飛型に組んで、先手の陣形を見て△8四飛と引く形も指されています。ポジション取りが大きいということでしょうか。ただ現在では前述の通り、先手から端を突くことが少なくなったので、研究会などでもこの局面自体を見掛けることが少なくなりました。
【33手目▲7七角】
この手では▲3三角成△同桂▲7七桂△3五飛に▲8二角と打ち込むのが最強の指し方ですが、△6四角の切り返しがあって先手が悪くなります。
【43手目▲7五歩】(第1図=再掲)
▲1五歩がまさり、しかしそれでも後手ペースだった、という見解は変わりません。
■金井五段追記
(1)羽生三冠は相変わらずのオールラウンダーですが、渡辺竜王が後手番で横歩取りを採用するようになったのは大きな変化です。理由は謎ですが、現在の相居飛車の戦いを渡辺竜王がどう判断しているかを推測する一つの材料にはなります。「相懸かりは力戦」という発言もありましたので、角換わりか矢倉で見解が変わる部分があったのだと思います。
(2)最近の横歩取りですが、後手の飛車、玉の位置が2通りあって幅が広がったことに加えて、「端桂」という戦術が注目されているのが特徴。飛車が四段目にいる場合、横利きを通したまま(▲3六歩や△7四歩を突かずに)端から桂を活用する。この端桂が有力と認められたのは屋敷九段の功績ではないかと思います。
(3)本局最大のポイントは後手の△8五飛〜△3五飛〜△3八歩(第5図=再掲)という構想に対する両対局者の評価です。羽生三冠は先手が厚いと見ていたのに対して、渡辺竜王は後手も戦えると判断していたのが面白いところです。△3八歩は稲葉さんが最初に指した手ですが、一見やや無理をしているように見えます。後手の持ち歩が1枚になることが大きな理由(△3八歩はいずれ金で取られてしまう)ですが、これが考えてみると簡単ではありません。1筋、7筋と2カ所(特に1筋)に歩の補充が期待できる場所があるため、盤面を広く使った攻めがかなり続くのです。稲葉―糸谷戦の隣で対局していた私は、稲葉さんの感覚(1歩を犠牲にして先手の玉形を薄くし、持ち歩の少なさは1七桂型の弱点をついて何とかやりくりする)に「なるほど」と思わされました。当時は5九金型が堅く、後手に工夫が必要かと思われていた局面だっただけに、「さすがスペシャリスト」と感じたのをよく覚えています。3八金―1七桂の形は1筋を攻められるだけでなく、△2九飛の筋に悩まされるのも見逃せないところです。本局も結果的には後手快勝となりました。結論が出たわけではありませんが、本局がこういった内容になったことで「後手勝ちやすい」の印象を持った棋士も多いはずです。中盤戦の▲7五歩に代えて▲1五歩がまさったのは確かですが、その変化も先手有利とは思えません。おそらく羽生三冠は「いざ指してみたら思っていたような設定の将棋ではなかった」という感じではないでしょうか。
(4)しばらく後手の横歩取りを封印していたにもかかわらず、△8五桂などの「場合の好手」をしっかり拾う渡辺竜王は、改めてさすがというほかありません。やや一方的になってしまいましたが、そういった部分では高い技術が随所に見られた将棋と思います。
(5)本局を最後に30手目(△7三桂)の局面は公式戦で現れていません。6八玉型(王将戦第3局)など他の対策が主流になりつつあることと、後手には△7四歩に代えて△1四歩や△9四歩などの有力手があることがその理由です。突き詰めた結論が出なくても指されなくなるケースがありますが、その典型といえるでしょう。他の対策も先手苦戦という事態になれば、また調べ直される日が来るかもしれません。
(小暮克洋)
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