先崎学八段
昭和45年、日本が学生運動に揺れ、大阪にて万国博覧会が行われた年に生まれたふたりによる名人戦である。子供のころからのライバルは今、片や永世名人となり、片やその永世名人を賭けて勝負をすることとなった。
とはいえ、闘う両者の意識に、そうした地位、名誉などへの欲が入り込む余地はすくないだろう。両者の闘争心を高める要素はそのほとんどが、眼前の敵を打ち負かしたいという、きわめて単純なものであるはずだ。
3年前、羽生は苦杯をなめた。森内に4対3で敗れ、そして森内は2年後永世名人となった。それから、羽生は耐えた。自らの屈辱に耐え、並み居るA級棋士たちとの激闘に耐えた。雌伏3年、時は来た。羽生の心うちでは武者震いが脈動している。おそらく、その感情は久しく感じなかったものではないか。
羽生は王者である。ここ10年、将棋界は彼を中心に回ってきた。誰が名人であろうと、あるいは他のタイトルを多く持とうと、一番強いのは羽生だと、ほとんどの棋士が思っていた。その雰囲気は、もちろん森内も感じている。だから森内にとっては棋界全体の声無き予想を覆す機会である。
盤上は、羽生が引っぱってゆく。森内は、羽生の攻撃を受けながら、虎視眈々(こしたんたん)と終盤で体を入れ替えるチャンスをうかがうことになる。
シリーズで森内が勝つには、終盤の逆転勝ちが2回は必要だろう。それは難事である。しかし、森内は誰よりも粘り強い心と技を持つ棋士である。その大木のような、鈍いが底知れない腕力で、羽生の鋭角的な攻めをいなし、疲れさせ、そして終盤戦で混乱させられるかどうかに勝敗の分岐がある。
私は羽生が勝つと思う。だが、森内にこの予想を外してほしいとも思う。その時、彼は真の名人となり、棋士たちは皆、刮目(かつもく)することだろう。(記)