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2012年4月17日15時46分
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降級の藤井九段 “新鉱脈”にかける

写真:順位戦B級1組の最終局が終わった直後の藤井猛九段(右)と行方尚史八段=東京・千駄ケ谷の将棋会館拡大順位戦B級1組の最終局が終わった直後の藤井猛九段(右)と行方尚史八段=東京・千駄ケ谷の将棋会館

 勝ちか負けか。棋士の人生は、その残酷なまでの繰り返しだ。明快な勝負の世界で、人は何を得て、何を失うのか。遅咲きながら、17年前に革命的な新戦法をひっさげて将棋界を席巻した藤井猛九段(41)。2期連続の降級で行き詰まり、苦しみながらも、新境地を模索する。

 3月17日午前0時24分、東京・千駄ケ谷の将棋会館。行方尚史八段と向き合う藤井の目は赤く潤み、駒に触れる指先は小刻みに震えていた。

 順位戦B級1組の最終局。87手で、藤井は投了した。敗北は、来期、B級2組への降級を意味していた。昨春、A級からB級1組に陥落し、連続での降級。「感想戦やるの?」。投げやりな口調の藤井が「将棋としては(検討を)やりたいんだけど」と続けると、3歳下で、25年来の友人である行方は、消え入りそうな声で「お任せします」。別室で感想戦が始まった。

 「ただ上を目指すより、落ちまいと土俵際で踏ん張る方が、使うエネルギーもプレッシャーもはるかにきつい」。後日、藤井はそう話した。

 昨春、10期守ったA級の座を失い、6月からの順位戦は開幕6連敗。日々、勝負を繰り返す棋士は重圧さえも日常のはずだが「去年は違った。気持ちのコントロールがきかず、平常心を保てない時もあった」。2月、重要な一戦に敗れ、後がない状態で迎えたのが最終局の行方戦だった。

■遅咲き・新戦法で注目・反骨心

 藤井は遅咲きの棋士だ。1986年、15歳でプロ養成機関の奨励会に入会。同い年で誕生日が2日違いの羽生善治二冠は、中学生でプロデビューし、脚光を浴びていた。

 20歳でプロになった藤井が一躍注目されたのは、25歳で対居飛車穴熊の「藤井システム」を編み出した時だ。自玉を囲わず、攻撃に全勢力を注ぐ戦法は、従来の将棋の考え方を覆した。98年から竜王を3連覇し、順位戦でも2001年にA級へ昇級した。

 原動力は、人一倍の努力と反骨心。羽生や森内俊之名人ら、同世代の「早熟のエリート」とは違う、との思いがある。主軸の戦法も、羽生らの居飛車に対し、自ら「選択肢が狭い」という振り飛車。破竹の勢いだった20代前半、人知れず「振り飛車をやめるか改良しないと、トップでは通用しない」と悩んでいた。

 同じころ、振り飛車の先輩棋士の指し手に疑問を抱いていた。勝てないために振り飛車自体をだめだとされることが歯がゆく、「ならば僕が、盤上で正しい手を見せる」。緻密(ちみつ)な研究を重ねて生まれたのが、藤井システムだった。常識をひっくり返す作業は「快感の一方で、大変な勇気が必要だった」と話す。

 だが00年代に入り、若手を中心にパソコンが研究に活用され、情報の共有が劇的に進んだ。藤井システムは真っ先に標的となり、分析され、誰もが指せる対策が講じられた。

 「降級した今より、A級にいても、藤井システムが徹底的にたたかれたこの7、8年の方がつらかった」と言う。

 昨年から、指す棋士の少ない戦法「角交換振り飛車」ばかり指している。「エースを育てるには実戦しかない」。昨年度は15勝20敗の成績だったが、「僕自身のミスによる逆転負けも多く、戦法自体は悪くない」と断言する。

 「藤井システムがだめになって、むしろありがたいと思うようになった。今も勝ち続けていたら、進歩せずに終わっていた。それは恐ろしい」

 B級2組に3年いる覚悟はある、という。「以前は、A級棋士がB級2組に落ちたら『墓場行き』と思った。でも本当に終わりかは、その人次第。いつか落ちるなら、また上がる機会をねらえる若いうちがいい。新しい鉱脈を見つけた今は、地球の裏側で、裕福ではないけど、初めて見る景色と新鮮な空気の中で生きている気分です」(小川雪)

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