勝負を振り返る、羽生善治挑戦者(左)と森内俊之名人=9日夜、長沢幹城撮影
第3局の先手9八銀まで
第66期将棋名人戦七番勝負(朝日新聞社、毎日新聞社主催)はシリーズ前半を終え、第3局に大逆転勝ちした挑戦者の羽生善治二冠(37)が森内俊之名人(37)に2勝1敗と先行して後半に入る。痛い敗戦を喫した森内名人が、第4局以降に気持ちを切り替えて本来の力を発揮できるか注目される。3局とも先手番が意欲的な作戦を採用しており、後手番での戦いぶりがシリーズの行方を左右しそうだ。
■粘られた末に大失着
第3局2日目が大詰めを迎えた9日午後9時7分。森内名人が駒台の銀をつまんで9八の地点に打ち付けた。「打ったよ!」。加藤一二三・九段ら多数のプロが詰めかけた控室が騒然となった。9時8分、羽生挑戦者が後手8六桂と跳ねると、名人は左手で頭を抱えた。この手が開き王手になるため、先手8三玉と逃げるよりない。打ったばかりの銀を後手9八桂成と取られてしまったのだ。名人戦史上に残る大失着。名人は局後、「ひどかった」と繰り返した。
終盤の入り口まで名人の指し回しは完璧(かん・ぺき)で、「会心譜」になると思われていた。ところが辛抱を重ねて最善手を指し続けた羽生挑戦者の驚異的な粘りに、何度も決めどころを逃した末に致命的なミスを犯してしまった。
この逆転劇は今後のシリーズにどう影響するのか。
あるトッププロは「完勝ペースだっただけにあまりにも痛い。勝ちきれば不調説を完全に一掃できたのに」。第4局は20、21日。10日間で気持ちを切り替え、自信を取り戻す必要がある。
ただ、名人戦での森内の精神力の強さは別格だ。昨年の第6局でも「十八世名人」を目前にして郷田真隆九段に大逆転負けを喫したが、2週間で立て直して最終局を制した。タイトル戦4連敗で羽生四冠(当時)を挑戦者に迎えた第63期名人戦でも、激闘の末、4勝3敗で死守している。逆境でこそ力を発揮してきた名人。真価を見せることができるか。
■際立つ高い先手番勝率
シリーズの行方を占う鍵は「後手番」だ。
2人の対戦成績(表)で際だつのは、先手番勝率の高さ。昨年度のプロの全公式戦の先手勝率は5割3分だが、2人の場合は6割5分近くに跳ね上がる。03年度以前と以後で分けると、対羽生戦で森内名人が巻き返してきたのは、先手番の得を生かせるようになった要因が大きい。羽生二冠に至っては7割超えだ。あらかじめ先後が決まり、持ち時間が9時間ある名人戦の場合、主導権が取りやすい先手番が事前に入念に準備し、有利に導ける可能性が一層高まる。
実際、これまでの3局を見ると、先手番の意欲的な指し回しが目立つ。第1局は名人が前例の少ない素早い攻撃態勢を構築。結果的にあまりうまくいかなかったが、リードを奪おうという意志を強く感じさせる作戦だった。第2局は、挑戦者が意表の速攻を仕掛けて緩急を織り交ぜながら攻めきった。第3局は敗れはしたものの、名人が31手目に一見して危険極まりない強手を放ち、挑戦者を押さえ込むことに成功した。
逆に言えば、不利な後手番での勝利の価値は極めて高い。第3局で挑戦者が後手番を制したが、06年2月から先手番が10連勝していた。(丸山玄則)