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「受験の敵」をオトナ買いして「生涯の友」に

2008年6月9日

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写真オトナ買いした「SWAN」愛蔵版全12巻(平凡社)写真バレエコンクールがクライマックスを迎える愛蔵版7巻写真真澄の娘を主人公にした続編「まいあ」第1巻。現在「スワンマンガジン」に連載中

 誰にでも、敵がいます。受験勉強をジャマする敵が――。私にとってそれはマンガ「SWAN――白鳥――」でした。有吉京子作のバレエマンガの金字塔です。

 集英社の新書版全21巻は姉の持ち物でしたが、とある事情で私の部屋に置いてありました。勉強机に向かう私の背後に並んだそれを、「ちょっと息抜き」とか「あのさわりを見るだけ」などと言ってうっかり手に取ったが最後、気がつけば3巻、4巻と読みふけり、時計を見て「またやってしまった! 今日の予定が…」と嘆いても、「どうせここまで読んじゃったんだから」と次の巻に手が伸びる。思い返しても恐ろしい、胃が締め付けられるような楽しい時間。あれが受験勉強の敵でなくて何でしょう。

 姉も私も実家を出て、残された新書版21巻は行方不明に。6年ほど前「もう一度読みたい」と秋田文庫版全14巻を買い直し、それはそれで楽しかったのですがもの足らず、そしてこのたび、愛蔵版全12巻(平凡社)が完結したのを待ってまとめてオトナ買い! そして一気読み。

 A5判の大きな絵は、没入感で私をクラクラさせます。繊細なペンの味もまた格別。そして売りもののカラーページよりも上質紙のモノクロ画面に圧倒されました。ダンサーたちの理想化された身体はあくまで白く透明な光を放ち、彼らが立つ舞台は漆黒の闇。連載開始当時まだ20代だった作者の神がかった技巧により、「瞬間の芸術」たるバレエが紙の上に永遠の命をとどめる、この奇跡。

 というわけで、かつての「受験勉強の敵」はいまや「生涯の友」であるわけです。――が、大きな問題があったのです。気づかなければよかった、しかし気づかずにはいられない大きな問題が。

 初めは、自殺を図った小夜子姫に主人公・聖真澄が言うセリフでした(愛蔵版2巻)。「あんまり…です」。あれ? ここは「ぜいたく…です」のはず。文庫版を確かめると間違いなく「ぜいたく…です」。真澄の血を吐くような思いが込められた言葉としては、オリジナルの方がインパクトがあっていいのですが…。

 そのほか、一番好きなバレエコンクール最後の「シルフィード」の場面でセルゲイエフ先生のモノローグ「その…悪条件を無限に吸収し」が「事実を無限に受け入れ」に変わっていたり(同7巻)、リリアナが真澄を励ますセリフの「小さな絶望」が「小さな失望」(同12巻)になっていたり。読んでいて気づいた限り、漢字を仮名にしたケースを除いて15カ所ありました。見逃しているところもあるかもしれませんが、「オレ」(同11巻)じゃなく「オレァ」だったはず、といった細かいところまで覚えていたのは我ながら驚きました。体に染み込んでいたんですね。

 作者自身が愛蔵版12巻のあとがきで「これでは『SWAN改訂版』かも」と述懐していますが、主要キャラクターの1人「マクシモーヴァ」をロシア人男性の名として正しく「マクシモフ」に直すくらいにとどめておいて欲しかった、というのが正直な思いです。これで、文庫版が捨てられなくなってしまいました。うーん…これでは愛憎版? 「生涯の友」にはかわりはないのですが…。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。08年4月から編集局編集センター員。

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