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僕がいなくてもニャロメやパパは生きていく

2008年8月7日

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写真昨秋、東京・荻窪の杉並アニメーションミュージアムで開かれた「赤塚不二夫と愉快な仲間たち これでいいのだニャロメ!展」から写真赤塚不二夫さん=フジオ・プロ提供写真「天才バカボン THE BEST」が発売中。左が講談社版、右が小学館版

 赤塚不二夫さんが亡くなりました。生前、一度だけインタビューしたことがあります。98年9月8日のことでした。この年の3月に食道がんであることを明かし、12月に手術をされました。そんな方に私がうかがおうとした話は「作者亡き後も生き続けるキャラクターたち」。手塚治虫さん、石ノ森章太郎さん、藤子・F・不二雄さんの創造したキャラクターたちが、作者の没後もなお人気を保ち、新たな作品が生まれたりCMに使われたりしている状況をまとめる記事です。それにつけるコメントとしてぜひ赤塚さんのお話を、という取材趣旨を伝えました。

 取材者の狙いなど見え見えです。不躾というか、無礼な申し出です。あさましいことですが正直に打ち明けますと、私には焦りがありました。この年の4月に東京の学芸部(当時)に配属され、アニメやマンガの取材を始めたばかりでした。でも「火の鳥」や「サイボーグ009」や「ドラえもん」の作者はもうこの世にいないのです。お話を聞きたくてもかなわないのです。ですから私はどうしても赤塚さんにお会いしたかった。「免許証なんか知ってたまるか」と無免許で車を乗り回し家の壁をぶち破りパトカーと競走するバカボンのパパに大笑いして、マンガ本を握りしめながら実家の2階の畳の上を転げ回ったのが、私の最も古いマンガの記憶なのです。

 この記事には赤塚さんのコメントが必要である、永遠のキャラクターを生み出した人間に会える機会を見逃すのはバカげている、そして、赤塚さんはたぶん優しい人である。そう自分に言い聞かせ、東京・下落合のフジオプロに赴きました。赤塚さんはカーペットにあぐらをかいて、焼酎の麦茶割りのグラスを片手に、にこやかにおだやかに話をしてくれました。記事(98年9月17日朝刊学芸面)ではほんのわずかしか使えなかったその折のお話を、当時の私のノートを基に、ここに再現します。

     ×     ×     ×

 トキワ荘の時代は、すごく個性を大事にした。単純な線でどれだけ効果を出すか、みんな考えたんだ。線1本で感じを出すって難しいよ。でも、できたキャラクターは覚えられやすい。ドラえもんだってアトムだってマルとマル、一発で覚えられる。マンガは絵の上手下手ではなくて、つきつめていったら一つの図案でしかない。人のイメージにどう焼き付くかだね。キモチの悪い絵を書く人は一過性。商法だってドギツイのは消えていくよ。きわどいものにはみんな飛びつくけどすぐに飽きちゃう。今の子はみんな画風が似てる。似たり寄ったりの中で競争しているから大したのが出てこないんだと思う。

 僕は、どんどん売れていくにつれてだんだんプロデューサーになっていった。アニメと同じ分業、流れ作業で、アシスタントに指示して書かせる。自分で書いていたらキリないもの。物理的にできない。作品をどれだけ自分の理想に近づけるかは、いい弟子がいるかいないかだね。そこに表れる。

 誰でも最初は自分で全部書きたいと思ってマンガ家になる。でも何から何まで全部できる人っていないよ。いたら大天才。マンガは映画と同じ総合芸術ですよ。映画だって絶対、ひとりではできないでしょ。プロダクションだから、いろんな絵描きがいて、アイデアを出し合ってマンガが出来上がる。だからキャラクターがぜんぶ作家のもの、なんて考えたことない。

 ドラえもんのような強烈なキャラクターは、どうしたって生き残っていくの。そんなキャラクターがあれば一つの企業として成り立っていける。キャラクターが出来上がっているから、あとはそれをどう動かしていくか。ストーリーは何とかなるんです。ただ、藤子さんと同じレベルのエスプリのきいた短い話なんて難しいだろうけどね。

 たとえば広告とかで、マンガの物語と離れてキャラクターが使われるのは、大ファンにしてみれば切ない話かも知れない。でも西武ライオンズのレオを見て悲しいかい? あれはひとつのマーク。優れた図案なんです。バカボンのパパにしろニャロメにしろ、僕以外の、ほかの連中が書いて作っていくでしょう。何かのマークで構わない。よっぽどひどいところでなければね。キャラクターは僕だけのものじゃない。僕がいなくなっても、ニャロメやパパは生きていく。それでいいんです。

     ×     ×     ×

 ちょうど私が「天才バカボン」に笑い転げていたのと同じ年頃の息子は、例によって私の本棚から好き勝手にマンガを引っ張り出していますが、ひと月ほど前からどういうわけか「もーれつア太郎」がお気に入り。手ぬぐいをハチマキにし、スーパーのチラシの野菜を切り抜いて、カミさん相手に八百屋さんごっこに興じています。足し算の勉強になるのだそうです。おつりの計算には苦労しているらしいけど。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。08年4月から編集局編集センター員。

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