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ベネチアの夜とモザイクの思い出

2008年9月1日

  • 筆者 小原篤

写真インタビュー取材の折に撮影したA監督です。でかいモザイクをかけてみました写真ベネチア映画祭メーン会場。夜はこのように美しくライトアップされていました

 何やら詩的な感じがしないでもないタイトルですが、今回はちょっと品の悪い話、はっきり言えば「下ネタ」ですので、よい子のみなさんと「えっちなのはいけないと思います」という方は、ここで引き返して下さい。

 数年前、ベネチア映画祭である賞を獲得した映画が日本公開されるのを機に、その監督が来日し、私がインタビュー取材したのが、ことの始まりです。こういう場合、監督というものはホテルの部屋に座り、入れ代わり立ち代わりやってくる記者から同じような質問を繰り返され、それに一日中(ことによると数日間)答え続けるという苦行を強いられます。取材する側もなるべく工夫した質問をしようと心がけはしますが、何せ聞きたいのは同じ1本の映画に関すること。おのずと限界はあります。なので同じ話をするのに飽きた監督が、自分をリフレッシュさせる意図もあって、おかしな方向へ話を脱線させることは、ままあるものなのです。

 A監督「夕べは驚いたよ、ホテルのテレビですごいものを見たんだ」

 私「何です?」

 A「チャンネルを替えていたら、体にでっかいモザイクがかかっている人間が映ったんだ。いったいこりゃ何だろうって」

 私「ああそうか、向こうじゃモザイクなんてかけないんですよね」

 A「こんなにモザイクがでかいなんて、この人はよっぽど(以下自粛)。ずーっとモザイクがはりついているから、ひょっとしたら日本人って本当に体がモザイクになっているんじゃないかって思ったよ、ワッハッハ」

 苦笑しながら訳してくれた通訳さん(女性)の前で、私もA監督につられ大笑い。でまあ、何とか話を軌道修正してインタビューは無事済みました。ちなみに彼の監督した映画は、性的なシーンも多いですが、文芸の香りするみずみずしい青春映画でした。

 その2年後、A監督は原作・映画ともに人気のファンタジーシリーズの監督に抜擢(ばってき)され、そのプロモーションで来日しました。ひょっとして私を覚えているかも、と思いインタビューでこう切り出しました。

 私「前に来日された時、モザイクの話をしましたね」

 A「ああ、あなたか! もちろん覚えてるよ」とイタズラっぽく笑いました。

 私「今回の来日でも見ましたか?」

 A「見てないんだよ、妻が一緒だから」

 そうなんですかハッハッハ、と笑って、よい子のための映画の話に移りました。モザイク話で気分がリフレッシュされたかどうかは分かりませんが、取材はスムーズに済みました。

 その数ヶ月後、ベネチア映画祭に取材に行きました。夏の終わり、映画「ベニスに死す」の舞台でもあるリゾート地、リド島で開催される映画祭です。初日の夜、海に面した巨大温室のような会場でオープニングパーティーが催され、背中のバックリ開いたドレスの女の人を一生分くらい見せられました。バイキングの料理をちょこっと食べ、ワインを舐めて「さて、知り合いもいないし帰ろうか」と思ったところ、ハタと思い出したのです。審査員としてA監督が来ていることを。

 テーブルとテーブルの隙間をあちこち歩き回り、ほどなくグラス片手に談笑しているA監督を見つけました。そでをツツッと引っ張り、耳元でがなりました(パーティー会場はとてもやかましかったので)。

 私「失礼、私を覚えていますか? 東京であなたとモザイクの話をした記者です」

 A「やあ、あなたか! 驚いたね。会えてうれしいよ」

 私「私もです。今夜のオープニング上映にもモザイクが出ていましたね」

 A「え? そうだっけ」

 私「スピルバーグ監督の『ターミナル』にモザイクが出ましたよ」

 A「そうか、ホントだ! アッハッハ」

 「ターミナル」では主人公(トム・ハンクス)が、足止めされた空港でモザイク職人の腕を発揮するのです。あのモザイクじゃなくて、本当のモザイクですね。どうも私とA監督はモザイクの縁で結ばれてしまったようです。次に会う時があれば、私たちは必ずまたこの話をし、笑い合うでしょう。――などと力強く宣言するような立派なことではまったくありませんが、今年もベネチア映画祭が開幕したので、「モザイクの友」のことが懐かしく思い出されたのでした。

プロフィール

写真

小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。08年4月から編集局編集センター員。

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