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100巻出たら通読しよう「クッキングパパ」

2008年9月8日

  • 筆者 小原篤

写真「クッキングパパ」第1巻(講談社)写真「クッキングパパ」99巻写真我が家の本棚の「クッキングパパ」。100巻そろったらまた通読しようかな

 マンガ「クッキングパパ」を原作とした2時間ドラマが8月29日に放映されました。連載は1000回を超え、単行本は累計2100万部、11月には記念すべき第100巻が出るという長寿マンガです。そして我ながらあきれることに、この長いマンガを3回は通読しています。この作品の真の価値はまさに長大なところにあり、通読することで初めて味わえる感動があるからです。

 福岡に住む営業マン荒岩が、家族の食事や、同僚の夜食や、友人の祝い事などに料理の腕を振るう、というのが物語の軸。荒岩の影響で、家族も同僚もアパートの隣人も近所のじいちゃんたちもみんな料理の楽しさに目覚めていきます。平凡だけど平穏な日常と、一品〜数品の料理がレシピつきで毎回描かれ、連載誌「モーニング」の中にあって、ホッとなごめる一編を常に提供しています。

 「朝起きたら天気がいい、子供と海へ行ってバーベキューして楽しかった。それで終わり。そんなマンガがあっていいと思った。もう一つ、読めば料理を作れるマンガ、作りたくなるマンガを目指した」。これは、私が福岡勤務時代の03年に作者うえやまとちさんからうかがった言葉です。海に面した元レストランを仕事場兼住居にし、業務用の広い厨房で様々な料理を生み出し、時には庭と地続きの砂浜から海に飛び込んでリフレッシュし、窓を閉めても入り込んでくる砂に悩まされつつ原稿を仕上げる。そんな創作の日々についてお話を聞かせていただきました。

 「クッキンングパパ」は、究極の料理を選ぶとか、料理で人の運命を決するとか、食べたら殺人事件が解決するとか、そんな「ドラマチック」なことは起こりません。「モーニング」読者の中には「地味だし、料理に興味もないから」と読み飛ばしている方もいらっしゃるのでは。だがしかし、フイと出てきたキャラクターが、実は50巻前に初めて登場し20巻前にあんなことがあってこの現在の姿に至ったのだ、なんて長い時の流れを背負っていたりもして、敷居は低いが奥行きの深ーい物語なのです。

 マンガの中では、現実の半分くらいのペースで時間が進んでいます。連載開始時の85年に7歳だった荒岩の息子まことは今、沖縄の大学1年生。思い返せば3巻でさなえちゃんに失恋し、4巻では東京に引っ越すさなえちゃんを涙と手製の菓子で送り、26巻で東京からさなえちゃんが戻り、72巻で一緒の高校に入り、96巻で東京と沖縄の遠距離恋愛に突入し…と、まこと&さなえストーリーだけでもいろいろありました。

 一つ一つのエピソードは小さな日常のひとコマですが、これが積み重なると数多くの登場人物それぞれの人生がふれ合い響き合い、大河のような大きなうねりとなって、読む者をのみこみます。そしてこの大河に身を任せるように読み進めてきた者は、たとえば96巻で、まことの巣立ちを見届けた母虹子と同じ涙を流すことができるのです。まるで一緒の時を生きてきた家族のように。これほどドラマチックなことはありません。100巻、二十数年をかけ、普通の家族の成長をコツコツと描く。それが可能なマンガというメディアの大きさを感じます。

 さて、テレビドラマの方は荒岩を「ぐっさん」こと山口智充さんが熱演していましたが、2時間では大河ドラマのようなじっくりじんわりした味わいは無理というもの。人形師の父子の確執を軸に、最後は荒岩の料理が息子の心をときほぐし、クライマックスは祇園山笠で盛り上げて、と無難にまとめていましたが、人形師父子に山笠って何だか「クッキングパパ」でなく「博多っ子純情」っぽいんじゃないの、という気もしました。

 これからもずっと愛読するつもりですが、望むことが一つあります。人生をそのまま描いてきたこの作品だからこそ、登場人物の死という難題に挑んでほしいのです。荒岩の母が旧友の死に強いショックを受ける、というエピソードはありましたが、基本的にはこれまで正面から死は描かれていません。しかし登場人物たちも年をとっています。私たちと同様、死は避けて通れぬものだと思います。そして死にゆく者にとっても残された者にとっても、手をかけた料理とおいしい食事はきっと大事な役目を果たすはずです。荒岩たちが身近な人の死をどう乗り越えるか。円熟味を増した作者の筆ならば、それを描くことも可能ではないかと期待します。

 ところで、私も休日には必ず家族の食事を作るクッキングパパですが、「クッキングパパ」を見て料理を作ったことはありません。いつも目分量とカンですませてしまうので。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。08年4月から編集局編集センター員。

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