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本業に差し障りがないのなら

2008年11月3日

  • 筆者 小原篤

写真10月26日、東京・秋葉原で就任後初の街頭演説をする麻生首相。この夜はグランドプリンスホテル赤坂に行ったそうです写真「ALL ABOUT 渚カヲル」(10月25日発売、角川書店)に寄稿しました。もちろん「本業」じゃありません。読売の石田汗太記者、毎日の渡辺圭記者の原稿と並んでます

 本欄「アニマゲ丼」が始まったのは昨年の11月5日。めでたく1周年を迎えます。今回を含め57回を数えるわけですが、アクセス数が多かったのは、07年11月8日アップの「妄想全開『ヤッターマン』実写版」とか、同22日アップの「『児童ポルノは…』書店員の衝撃の一言」、08年1月7日「綾波レイ掲載自粛は正しかったか?」、5月5日「ハハッ、ロリコンだぁ!」、9月15日「リアル『ポニョ』作って食べた」、9月29日「歴史は繰り返し ネタは使い回し」といったところ。きわどそうなネタだったり、沢尻エリカさんとか麻生さんといった「旬の人」に触れていたりすると、関心を持っていただけるようです。

 それでは一つ、マンガ好きとかバー通いとか、本業に関係のないところで話題になっている麻生首相にひっかけて、こんなお話を。

 思い起こせば、私が名古屋の社会部から東京の学芸部(当時)に異動したのが10年前の98年。「アニメ記者やります」と勝手に言い出したら、部内の反応は「アニメ?お好きならどうぞ」といった感じ。映画担当やテレビ担当は置いていますが、アニメというのは放っておくと放っておかれる分野でした。

 そこで、本来の業務である学芸面(当時)の企画記事の中に、隙あらばせっせとアニメをはさみこみ、英の粘土アニメ「ウォレスとグルミット」について「クレヨンしんちゃん」の原恵一監督や田中康夫さんに批評していただいたり、「アニメージュ」や「ニュータイプ」の編集長に取材して「アニメ情報誌の情報戦」みたいな記事を書いたり、といったところから始めました。

 広告セクションから「アニメ・マンガ・ゲームだけのページを作りたい」という企画がS学芸部長(当時)のところに持ち込まれたのが、ちょうど10年前の今ごろの季節。「ああ、そういう話ならちょうどいいのがいるから」と私が呼ばれ、「本業に差し障りがないのならやってもいい」とのお許しが出たので、翌99年1月、本欄の前身「アニマゲDON」が月1回の連載ページとして生まれました。映画担当などをこなしつつ、1年1カ月の福岡勤務の間も東京にちょくちょく出張し、結局5年弱、アニマゲを続けました。

 さて、流れ流れて現在の私の仕事は、出稿セクションの書いたニュースをアサヒ・コムに配信することですが、「本業に差し障りがないなら」という条件でこのコラム「アニマゲ丼」を続けさせてもらっています。いつまでたっても「本業」外。でもおかげで治外法権、人外魔境、きわどそうなネタもユルい話も好き勝手に書けて、雲外蒼天、有頂天外(ちょっと大げさ)。

 マンガやアニメにしたって、「日本が世界に誇れる文化」とか「外貨を稼げる期待のコンテンツ」などと持ち上げる向きもありますが、「本業」外みたいなお気楽ポジションがちょうどいいのではないでしょうか、ねえ麻生さん?――と、いかにもコラムの締めとして座りが良さそうなことを言って、今回はおしまい。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。08年4月から編集局編集センター員。

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