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「鉄人」は何を見ても何かを思い出す

2009年1月19日

  • 筆者 小原篤

写真東京モノレール天王洲アイル駅を降りるとポスターが写真劇場入り口にはたくさんの花写真公演パンフレットはメンコのおまけつき

 犬と立ち食い。犬を立ち食いではありません。「犬と立ち食い」。この言葉を口にして、思わずジーンとこみあげるものがあるそこのアナタ、そんなあなたと私のために、押井守監督初演出の舞台「鉄人28号」(東京・天王洲銀河劇場)を見てきました。ジーンともツーンとも来ない方、ごめんなさい。

 幕が開くと舞台中央に、両手をつきひざを折った高さ6メートルの巨大な鉄人がうずくまっています。紅い陽に照らされた鉄人、その威容は廃墟のようで、そこに川井憲次さんのメロディーと共にもの悲しい犬の鳴き声が響いたとき「ああ、押井さんの見たかったもの、やりたかったものはコレだな」と了解しました。あとの1時間40分はその説明みたいなもの、とは言い過ぎでしょうか。

 時は1964年。オリンピック開催に沸く東京で、きょうも野犬狩りの嵐が吹き荒れる。「最後の野犬」有明フェリータが捕獲され、反五輪テロ組織「人狼党」がその奪還に動く。少年・金田正太郎は鉄人28号と収容所の警備に当たるが、逆に捕らわれてしまう。「犬も住めない街でいいのか」テロリストの頭目・犬走一直の熱い思いに、信じていた「正義」が揺らぐ正太郎。そこに、犬走の愛人という美しき立喰師ケツネコロッケのお銀が、「自由」という風をまとって現れる――。

 敷島博士の工房、野良犬が鳴く収容所のオリの中、湾岸埋め立て地の枯れススキの野原…様々に場面が転換しても、鉄人はいつも同じ姿勢のまま舞台の中央で沈黙しています。それは、スタートラインについたランナーのように力強く、お座りをして主人を待つ犬のようにさびしげで、くずおれた鉄の墓標のように冷たく見えます。そしてあの「地獄の番犬ケルベロス」、強化装甲服を身につけた特機隊員の姿がダブります。周縁を住処とし永遠に境界をさまよう、それこそ野良犬と立喰師と特機隊員の運命であり、押井さんは鉄人をその系譜に連なるものとしてこの舞台を作ったのでしょう。

 東京が自由と猥雑さを捨て窮屈で清潔な新時代へ生まれ変わるのと入れ替わりに、「犬と立ち食い」は退場していくのです。そして鉄人も、自ら古い時代に引導を渡しセイタカアワダチソウの向こうへ去っていきます。「行け鉄人、東京の空に未来を描け」の声と共に、ついに立ち上がるその姿は、感動的でした。

 そのほか、サンプラザ中野くんが演じた大塚署長は玄田哲章さんにやってほしかったなあとか、正太郎と敷島博士と犬走一直の3人が並んで踊る場面はまるで「うる星やつら」のOP「ラムのラブソング」のあたるとしのぶとラムを思わせるなあとか、見ている間はもう「何を見ても何かを思い出す」状態です。問題は「何を見ても別に何も思い出さない」人がもし、天王洲のオシャレな劇場にS席1万円以上するチケットを買って見に来たとしたら一体どんな感想を抱いたかということなのですが、押井版「鉄人」をそんな方が見に来るとはあまり思えないので、たぶん大丈夫でしょう。みんな劇場を後にしながら「やっぱり犬と立ち食いだねぇ」としみじみつぶやいたに違いありません。

 今回のコラムも、押井ファン以外の方にはバカ犬のムダ吠え並にワケが分からないかもしれませんが、そんな方は最初の段落で読むのをやめていらっしゃるからたぶん大丈夫でしょう。読み終わってしみじみと「犬と立ち食いだよねぇ」とつぶやいていただければ、これ以上の幸せはありません。

    ◇

舞台「鉄人28号」は1月25日まで東京・天王洲銀河劇場で上演中。2月5〜8日に大阪のシアター・ドラマシティでも。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。08年4月から編集局編集センター員。

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