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イーストウッドなんてガキだぜ

2009年5月4日

  • 筆者 小原篤

写真映画「グラン・トリノ」から (C)2009Warner Bros.Entertainment Inc.and Village Roadshow Films(BVI)Limited.写真ウォルト(左、イーストウッド)とタオ(ビー・バン)写真映画「扉をたたく人」からウォルター(左、リチャード・ジェンキンス)とタレク(ハーズ・スレイマン)写真ウォルター(左端)とモーナ(ヒアム・アッバス) (C)2007 Visitor Holdings,LLC写真DVD「ミリオンダラー・ベイビー」(ポニーキャニオン)写真DVD「海を飛ぶ夢」(ポニーキャニオン)

 ウソです。御年78歳の大監督で名優な人を、そんな風に言えるわけがありません。ちょっとタイトルで気を引きたかっただけです。

 でも数年前、そして現在、タイトルに似た思いを感じた(ああ畏れ多い)のは本当のことです。イーストウッド作品と、たまたま同じテーマを扱った別の映画がたまたま近い時期に公開され、たまたまそれを見比べたら「イーストウッドよりこっちの方がオトナの映画だ」と思ったのです。なので、私がこんな感想を抱いたのもたまたまですから、イーストウッドファンの方は怒らないで読んで下さい。

 イーストウッドが監督・主演し公開中の「グラン・トリノ」は、仕事をリタイアした偏屈ジジイのウォルトが、毛嫌いしていた隣のアジア系移民一家とふれ合い、最後にその家族のために立ち上がる物語。前半はとにかく笑えます。イーストウッド作品で、イーストウッドの芝居で、これだけ笑えるのかというくらいユーモア満載です。

 差別用語を連発し何かといやあライフル構えてすごむウォルトですが、もの怖じしない移民一家の長女スーのほほえみには逆らえず、エスニック料理のうまさにコロリと参り、根性なしの長男タオをきたえてと言われればブツクサ言いつつ世話を焼く。コワモテがポロポロ崩れて「いい人」の顔が見えちゃうところが、かわいくもおかしいのです。つまりツンデレ。

 後半、一家を襲った暴力に対し、彼は独りで決着をつけにいきます。これぞ男だ、これぞ父だと、擬似的な父子となったスーとタオに示すかのようです。渋い風格、余裕たっぷりの語り口にしびれましたが、その後、トム・マッカーシー監督の「扉をたたく人」(6月27日公開)を見て、「ああ、こっちの方が大人の映画だなあ」と感じ入りました。

 妻に先立たれた孤独な大学教授ウォルターが、ひょんなことからタレクとゼイナブという不法移民の若夫婦と同居し、交流を深めていく物語。陽気なタレクからアフリカン・ドラムの手ほどきを受け、長く忘れていた情熱を思い出しかけた矢先、タレクが逮捕されます。ウォルターは、駆けつけたタレクの母モーナと救出に努め、そのうちに2人の間にはほのかな情愛が通い合います。

 収容施設に通い、タレクを励まし、弁護士と相談し、モーナを慰める。これがウォルターのできるすべてです。マジメで不器用な、初老の男の身の丈にとどまる話なのに、実に感動的です。鈍く沈んでいた日々が色彩を取り戻し、乾いた心に潤いがよみがえるドラマを、脇役一筋40年のリチャード・ジェンキンスが滋味豊かな演技で見せます(アカデミー主演男優賞にノミネートされました)。

 「グラン・トリノ」の一家を襲う野蛮な暴力も米国の現実ではありますが、チンピラたちが待ちかまえる家に単身乗り込むウォルトはやはり「ヒーロー」と言うほかなく、身の丈には収まりません。2作品とも、題材は孤独な老人と異文化の友人のふれ合い。敵を設定してその排除でドラマを締めくくる「グラン・トリノ」には一種の甘いカタルシスがありますが、「扉をたたく人」のラストのウォルターの悲痛な思い、苦い憤りの方が、私は好きです。

 この2作を見て思い出したのが、05年に相次いで公開されたイーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」と、アレハンドロ・アメナーバル監督の「海を飛ぶ夢」。四肢の自由を失った人物の「尊厳死」というテーマを扱っています。選択の結果は2作とも同じですが、作品の人間観が異なります。

 「ミリオンダラー・ベイビー」は、「闘いこそ人生、命より誇りを選べ」という主張が押し出されています。それに対し「海を飛ぶ夢」は、「ずるさも弱さもあるのが人間」という洞察がさりげなく織り込まれています。「敢えて死を選ぶ」という行為を英雄的なものと美化せず、立って歩き回れる人間が熟考の末に誤った選択をすることがあるのと同様、二十数年寝たきりの人間が出した結論だって正しいとは限らない――そんなことを考えさせる契機が忍ばせてあるのです。

 というわけで、たまたまの巡り合わせなのですが、イーストウッドってマッチョなヒロイズムがついて回るんだなあ、というのが私の抱いた感慨。それを、いきがったガキみたいな言い方にすると、今回の畏れ多いタイトルになるわけです。ちなみにマッカーシー監督は66年生まれ、アメナーバル監督は72年生まれ。30年生まれのイーストウッドに比べたら、てーんでガキなんですけど。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から編集局文化グループ記者。

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