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赤は阿修羅の赤

2009年7月13日

  • 筆者 小原篤

写真拡大DVD「火垂るの墓」(ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント)。2人のこのポーズは山本二三美術監督のアイデア写真拡大講座で背景美術を語る山本二三さん=朝日カルチャーセンター提供写真拡大DVD「もののけ姫」(同)写真拡大ブルーレイ「時をかける少女」(角川エンタテインメント)。細田守監督の待望の新作「サマーウォーズ」は8月1日公開です

 夏が来れば思い出す名作「火垂るの墓」の最初のカットを憶えていますか?主人公・清太が憂いを含んだ顔で正面を見つめる絵です。「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」というモノローグで始まるこの場面、清太は服も肌も赤でした。なぜ赤いのか?というのが今回のお話です。

 工学院大学・朝日カレッジによる「山本二三が語る背景美術――火垂るの墓、もののけ姫、時をかける少女の世界」という講座がある、と朝日カルチャーセンターの企画担当者の方に教えていただき、6月から7月にかけて全3回、東京・新宿の工学院大学新宿キャンパスで受講しました。上記の作品などで美術監督を務めた山本二三(にぞう)さんが、作品に使用した背景画を映写しながら解説をするというもので、お話は示唆に富み勉強になりました。例えば、「絵にも記憶がある。描きたくないという気持ちも、疲れも全部絵に出てしまう。宮崎駿さんにリテイク(やり直し)を命じられ怒って描いたら、その絵を見た宮崎さんに『怒りで絵を描くな!』と怒られた」「仕事を続けるには『なるようになる』という図太さも必要。それは、一部の場面が未完のまま『火垂る』を公開した高畑勲監督に学んだ」「背景美術という仕事に一番必要なのはスピード。たくさん描けば腕も上がる。フリーで食べていけるだけの枚数をこなせるようになってほしい。スピードが自分を守ってくれる」。

 そして、一番印象に残ったのはこの話。「清太は興福寺の阿修羅像の唇をかんだ顔がモデルで、幽霊の清太と節子を包む異空間の朱色は阿修羅像の色。高畑さんのアイデアだった」。そういわれると、冒頭の清太の表情は、無垢な少年のような阿修羅像にそっくりです。闘いに明け暮れたのち仏教に帰依し仏法の守護神となってもなお、抑えられぬ慚愧の念。絶えることのない人の世の悲惨を見つめ続けてきた、憂いと悲しみと怒り。阿修羅像から抱くイメージは、清太にまさにぴったりです。

 「火垂るの墓」は、霊となった清太と節子が、過去の自分を見守るところから始まり、現代のビル群の夜景を見つめる衝撃的なラストで終わります。霊となった2人は穏やかな顔で幸福に満ちている様子なので、ともすれば、死が甘美な救済に映る危うさをはらんでいるはずなのに、ぎりぎりのところで通俗的な感傷をせきとめ、厳しさと烈(はげ)しさを保っています。その理由は何なのだろう、とずっと不思議に思っていました。

 2人の霊が、ありがちな青白い色でもなく、ホタルの放つはかない光のような黄緑色でもなく、阿修羅の憂いと怒りを含んだ峻烈な赤だったからではないでしょうか。あの赤の持つ厳しさと強さが、ラストで、現代社会とそこに生きる私たちを鋭く差し貫くような痛みとおそれを感じさせるのではないでしょうか。

 山本二三さんが神戸の夜景を描いたラストカットを見直して、情けないことに初見から21年もたって初めて気がつきました。現代のビルにともる明かりが、ホタルの放つ光と同じ色なのです。光っては消えてを繰り返してうつろう人の世を、清太はあの場所で、身を清めるような赤い光に焼かれて見つめ続けるのでしょう、阿修羅のごとく。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から編集局文化グループ記者。

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