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このアニメ、なんで実写にしないの?

2009年8月3日

  • 筆者 小原篤

写真拡大今敏監督=02年撮影写真拡大映画「戦場でワルツを」から写真拡大映画「花と兵隊」から写真拡大「SHOAH」DVDボックス(ジェネオンエンタテインメント)

 世の中には、アニメ監督に向かって「この映画はどうして実写にしなかったんですか?」と質問する唐変木な記者がいるらしいです。以前、「千年女優」について今敏監督にインタビューした時「よく訊かれるけど、なんであんな質問するんだろうね」と、監督は苦笑混じりに嘆いておられました。

 どうせ訊くなら「なんでマンガにしなかったんですか?」の方がマシです。絵を描いて物語るところが一緒だし、現にアニメとマンガを両方手がける人はいるわけですし。実写映画と作り方が近いのはむしろ演劇でしょう。人間の役者が演技して物語るわけですから。だからといって、「この芝居はどうして映画にしなかったんですか?」と蜷川幸雄さんに訊く記者はいないでしょう(蜷川さんは映画も撮るけど)。灰皿がとんできますよ。

 「実写>アニメ」というヘンな価値観がこんな質問を生むのでしょうが、だいたい、実写とアニメの境界も、もうあいまいです。米国だって日本だって、ドッカンバッキンやってるスペクタクル映画となると映像の半分くらいはCGアニメって気がします。「すべての映画はアニメになる」とのたまった監督もいらっしゃいますし、合成だのエフェクトだので映像をいじくってない「完全な」実写なんて、それこそドキュメンタリーくらいかも知れません。

 などと言っていたら、イスラエルからアニメーション・ドキュメンタリーと称する映画「戦場でワルツを」(今秋公開)がやってきました。おお!「アニメンタリー」だ、「決断」だ(71年にタツノコプロがそういうテレビアニメを作ったのです)などという昔話は置いといて、カンヌ映画祭コンペティションに出品されアカデミー外国語映画賞にノミネートされ(本命視されながら獲ったのは「おくりびと」)た本作を、試写で見ました。

 主人公アリは、82年のレバノン侵攻に従軍した当時の記憶が欠落していることに気づき、戦友たちを尋ね歩く。彼らから聞き出した体験を通じ、過酷な戦場と難民キャンプでの虐殺事件が浮き彫りになっていく――という内容です。個人の記憶を求める旅が歴史の真実を暴き出す、というのはいいプロットで、イスラエル人がナチス・ドイツにまでたとえてパレスチナ人虐殺を赤裸々に語る言葉は衝撃的です。しかしアニメ映像がその衝撃を十全に伝えきれず、もどかしく感じられました。3DCGとフラッシュアニメと手がきを混ぜて作ったそうですが、機械的というか無機的な動きが目立ち、証言者たちの顔は表情に乏しく、戦場で逃げまどう兵士たちの走りに切迫感がなく、かろうじて悪夢的な幻想シーンが兵士の深層心理や戦場のトラウマをうまく表現しているとは思いましたが、結局のところ、映画の最後にごく短く登場する記録映像(難民キャンプの惨状)に負けています。これでは、アニメはただの引き立て役です。

 自らの体験を基にこの映画を撮ったアリ・フォルマン監督は、アニメにした理由について「ある中年の男が、自らの、25年も前の暗い過去について取材をする様子を、当時の実録映像もないままに語っていたとしたら? ひどく退屈なものになっていたでしょう」と語っています。

 そんなことはありません。例えば最近「花と兵隊」(松林要樹監督、8月8日公開)というドキュメンタリーを見ましたが、タイ・ビルマ国境で敗戦を迎え日本に帰らなかった6人の元日本兵が語る映像は、とても力のあるものでした。日本に帰れなかった運命を嘆き、現地女性との恋を語ってほほえみ、軍の非情を怒り、そして、口にするのもはばかられる行為を告白します。取材者の質問がちょっと素人っぽくて(失礼!)、それが証言の重さと対照をなし、独特の味を醸し出しています。

 そもそも、イスラエル人のドキュメンタリー監督であるフォルマン監督が、生存者と関係者の証言だけでホロコーストの恐怖を伝えるドキュメンタリーの名作「SHOAH」(クロード・ランズマン監督)を知らないわけはありません。この作品のイメージ喚起力たるやものすごいもので、街中でふと、鉄道のガタンゴトンというゆっくりした音を聞いただけで映画を思い出し、陰鬱な気持ちになるくらいです。

 難民キャンプで目撃した虐殺をカメラの前で証言するとき、元兵士のまぶたが、瞳が、唇が、多くを語っていたはずなのです。それをアニメで表現するには、もっと高い技術で根本から作り直す必要があるでしょう。素顔を出すことを拒んだ証言者以外は、実写のままでよかったはず(というか、素顔を出す証言者を捜すのがドキュメンタリストでは)。なので、ここであえて言います。このアニメ、なんで実写にしないの?

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から編集局文化グループ記者。

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