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ここはロカルノ池袋

2009年8月10日

  • 筆者 小原篤

写真拡大スイス・ロカルノの船着き場です写真拡大新聞の1面にデカデカとアニメ写真拡大こっちの紙面では「白蛇伝」の白娘とオバマさんが見つめあってます写真拡大山賀博之監督によるサマースクール写真拡大映画作りについて語る山賀博之監督

 ただいまスイスのロカルノに来ています。三方を山に囲まれた湖畔の美しいリゾート地です。

 開放的な格好でさっそうと歩き周る娘さんたちや、午前10時から往来でビールをあおるサンダル履きのおじさんたちがあふれる街で、私が何をしているかというと、「千と千尋の神隠し」を見たり「王立宇宙軍オネアミスの翼」を見たり「天元突破グレンラガン」を見たり「死者の書」を見たり「伝説巨神イデオン」を見たり、高畑勲監督の記者会見や山賀博之監督のセミナーを聞いたりしています。5日から15日まで開催されるロカルノ映画祭とその目玉企画である日本アニメ大回顧上映「Manga Impact」の取材です。

 日本アニメの上映作品は戦前から現代までの長編・短編映画、テレビ作品を合わせ約200本。「千と千尋」がグランプリを取った時のベルリン映画祭や「ハウルの動く城」がコンペティションに入った時のベネチア映画祭を取材したことがありますが、国際映画祭で日本アニメがこれだけ大々的に取り上げられるのは初めてでしょう。プレスセンターに張り出された地元紙を見ると、1面にデカデカとアニメキャラが躍っていたりして、私が言うのも何ですがちょっと違和感が…。

 当映画祭の名物である大広場の夜間野外上映(何と8000席)では、10日午後9時半から「MANGA NIGHT」と題して劇場版「機動戦士ガンダム」や「AKIRA」など4本立てを行います。思わず「文芸坐オールナイトみたい!」と口走ってしまいました(注:文芸坐は東京・池袋の名画座で今は「新文芸坐」)。リゾート地にバカンスに来た開放的な格好の娘さんや昼からビールをあおるおじさんたちは、ロカルノが池袋になってもいいのでしょうか? 「ロカルノ池袋」なんてパチンコ屋かキャバレーみたいじゃありませんか。でもまあ、当地の娘さんやおじさんは池袋もパチンコも知らないし、池袋は開放的な格好の娘さんや昼からビールをあおるおじさんたちの似合う街ですから、考えてみれば何の問題もありません。

 さて、ガイナックスのプロデューサーであり「オネアミス」の監督である山賀さんは、映画祭にあわせルガーノ大学が学生対象に開いた「サマースクール」で、自分がいかに映画作りに関わってきたかを話しました。「ある評論家の言う通り同じ映画を続けて10回見たら、映画監督という仕事が自分に向いていると思った。それで映画を学ぶ大学に入った」「大学に入って最初に出来た友人が、後に『エヴァンゲリオン』を作る庵野秀明という男だった。大人になってもアニメを見ている人というのが信じられず、初めは近づかない方がいいと思っていた」「庵野と短編アニメを作っているうちにいい絵描きが集まったので会社をおこして長編映画を作ることにした。庵野は爆発の破片や煙を描かせたら世界一のアニメーターだったので、彼が最も輝けるようにクライマックスは破片が出てくる物語でなければならなかった。それでロケット打ち上げを題材にし、そこから話を考えた。脚本はそれまで書いたことはなかったが、自分でも驚いたことに、書いてみたらうまくいった」といった何度聞いても面白いエピソードから、スイスやイタリアやドイツから集まった約30人の学生たちが何を学びとるべきかと言えば、「個人的な事情」ほど強いものはない、ということではないでしょうか(ちなみにこのとき私の隣の席にはスイスの著名なアニメ作家シュビッツゲーベルさんが座っていて、私は「個人的に」とても驚きました)。

 当映画祭のコンペティションに入った小林政広監督の「ワカラナイ」は、監督が別れて暮らす息子と3年ぶりに会ったら初めは誰だか分からなかった、というショックから生まれた映画だそうですし、もう1本の日本のコンペ作品「サマーウォーズ」も、結婚したら急に親戚が増えて面白かったという細田守監督自身の体験が始まりでした。かく言う私も、細田監督の奥さんになった人を結婚前から存じ上げているという「個人的な事情」もあって、「サマーウォーズ」の企画を聞いた時には「ああやっぱり『ネタは半径3メートル以内に転がっている』という某監督の言葉は本当なんだ」と感じ入りました。「仕事は公私混同」をモットーとする大プロデューサーもおりますし、映画作りにおいて、その人その人が持つ「個人的な事情」というものは、他愛ないことに見えて実は天啓のような有り難いものなのかも知れません。

 日本から取材に来ている記者が(私のほかは)今のところまだ見あたらない中、夏休みのど真ん中に息子(小2)とカミさんを日本に残し、開放的な格好の娘さんや昼間からビールをあおるおじさんたちでにぎわうスイスのリゾート地に出張を命じられたのも、私がアニメ好きだという個人的な事情が大きく働いているからなのです、たぶん。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から編集局文化グループ記者。

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