現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. 映画・音楽・芸能
  4. コラム
  5. 小原篤のアニマゲ丼
  6. 記事

ロカルノ ヤクザかサムライか

2009年8月31日

  • 筆者 小原篤

写真拡大会見前の公式撮影でポーズをとる細田守監督のすごいカオ (C)FOTOFESTIVAL/PEDRAZZINI写真拡大会見で質問に答える貞本義行さん(中央)と細田監督=12日、ロカルノで小原写す写真拡大金豹賞の「シー、ア・チャイニーズ」(グオ・シャオル監督)は、幸せ求めて中国の田舎から英国へ流れていく女の物語写真拡大「ナッシング・パーソナル」(ウルツラ・アントニアック監督)は、野良犬のように放浪する女が初老の男と奇妙な同居生活を始める物語写真拡大おまけの写真。ハイジのオープニングのようなブランコでたわむれる私=13日、ロカルノで細田守さん写す写真拡大おしーえてーおじいーさん〜

 本欄「アニマゲ丼」は今回めでたく第100回を迎えました。いやまあ、よく続いたもんです。

 ここ4回続けてきたロカルノ国際映画祭(8月5〜15日開催)報告の締めくくりとして、細田守監督の「サマーウォーズ」が参加したコンペティションについて振り返りましょう。

 12日夕方の「サマーウォーズ」公式上映は、キャパ3000人という会場がほぼ埋まりました。上映開始前の時間を使い、さっそく見に来た人をリサーチ。50代とおぼしきイタリア人記者は「アニメに興味はない。今日来たのは好奇心から。アニメやマンガはいくつか知ってるよ、『Drスランプ』『ドラゴンボール』『らんま』。でもマンガインパクトのプログラムは何も見てないね」。40歳前後のイタリア人男性は「映画は好きだけどアニメのことはよく知らない。どうしてそんなことを聞くんだい? え、これアニメなの?! 日本映画に興味があったから見に来たんだけど、アニメだとは知らなかったよ」。なるほどねえ、コンペは映画祭の華ですから「とりあえずコンペ作品だから見に来た」って感じの人が多いのかも。そんな「先入観まるでなし」な観客に「サマーウォーズ」はどう映るのでしょうか。

 「ボンジュール、ボンジョルノ、ハロー、どうもこんにちは、細田です」と監督が登壇して短いあいさつをした後、上映開始。主人公の高校生・健二があこがれの夏希先輩の田舎へ行き、曾祖母の栄の誕生祝いに集まった大勢の親戚の前で夏希の婚約者のフリをすることになり、何が何やら分からぬうちに、世界的なネットサービスがサイバーテロを受けてさあ大変、先祖が戦国武将という一家は力を合わせてこの危機に立ち向かう――という物語ですが、音声は日本語で字幕が英語とフランス語という条件にもかかわらず観客の反応はよく、何度も笑いが起こりました。健二が夏希の大叔母を栄と間違えるところや、スパコンを冷やす氷を翔太が栄のところに持っていってしまうところ、花札勝負で夏希がピンチのときドイツの男の子が最初に助けに現れるところにはドッと笑いと拍手。ここスイスは独仏伊語が飛び交うところなので、助けに来た子がフランス語を使ってもイタリア語を使ってもウケたでしょうけれど。

 鼻血を出して健二がぶっ倒れるラストも大爆笑、エンドロールで盛大な拍手と歓声が湧き起こりました。実は数日前、山賀博之監督のセミナーを受講していたスイス人学生から「ヨーロッパでは、男の子の鼻血に性的な意味はない」と聞かされ心配だったのです。彼に「コンペの『サマーウォーズ』に鼻血シーンがある」と教えたら「ぜひ見るよ!」なんてニヤリと笑って言ってましたが、なーんだ、ちゃんと観客にウケたじゃないですか。健二君のことを「肝心な時にヘタっちゃった体の弱い子」と受け止めた人もいるのかも知れませんが。

 スイス人の若い女性は「アニメに興味はないけど、この映画を紹介する記事を読んで面白そうだから来た。おかしなシーンとアクションのコンビネーションがよかったわ」。上映前に声をかけたくだんのイタリア人記者は「ビューティフル! ベリー・ビューティフル!」と私にほほえみ、グイっと親指を立てました。会見でちょくちょく顔を合わせるオタクのイタリア人記者は「傑作だ! 田舎の旧家なのに閉鎖的でないところがユニークだね」。私に「ミヤザキは私の神よ」とのたまったフランス人の女性評論家(8/17の本欄参照)もかなりお気に召したようで、「とても素朴で力強い。サムライ、家族、ネット、ゲーム、日本のすべてが詰まっている。そして愛、これは愛の映画ね」。そりゃまあ、作ったきっかけが監督の結婚ですから。

 公式会見で「この一家はヤクザのように見える」と質問した記者がいました。キャラクターデザインの貞本義行さんと細田監督は「いやいや、ヤクザじゃなくてサムライの子孫です」と否定しましたが、後日その記者さんを見かけたので「栄の声を演じている富司純子さんは、むかし藤純子という名でヤクザ・スターだったんですよ」と教えると「なるほどそうなのか、ありがとう」。イタリア人だそうで、「サマーウォーズ」の感想を聞くと「デザインも映像もストーリーもすべて完璧だ。ただしオリジナリティーがない。それが最大の問題だ。アニメやマンガですでに見たことのある要素ばかりが並んでいる」と、手厳しい意見でした。

 さてコンペの結果は「シー、ア・チャイニーズ」という映画がグランプリの金豹賞。実は「MANGA IMPACT」の取材に追われてコンペ作品19本のうち結局7本しか見られなかったのですが、この作品はちゃんと見ていました。これともう1本「ナッシング・パーソナル」という映画は、ポスターの写真を見て「これはよさそうだな」という勘が働いたので、「コンペのほかの作品も見ておきたい」という細田監督にもこの2本を薦めました。勘が当たって両方ともいい映画で、私は「ナッシング・パーソナル」がグランプリと予想しましたが、細田監督は「シー、ア・チャイニーズ」の方がいい、との評価。結果は私のハズレ(でも「ナッシング・パーソナル」は女優賞と最優秀初長編賞を獲得しました)。

 それにしても不思議なのは、この2作を含め私の見たコンペ作品がどれも、心に虚しさを抱えた主人公が居場所を失ってさすらったり刹那的な行動を繰り返したりするお話だったこと。唯一の例外が「サマーウォーズ」で、明るく前向き元気ハツラツ。そもそもロカルノのコンペはアート志向のインディペンデント系作品が中心で、比較的大きな資本の入ったバリバリのエンターテインメントである「サマーウォーズ」は、アニメということを抜きにしても、コンペの傾向から浮いている印象でした。選考に当たった審査員も困ったんじゃないでしょうか。

 19本中7本しか見てない人間が偉そうなことは言えませんが、いつまでも絶望や否定を語るより、今は希望や肯定へ向かう方が時代の先を進んでいるんじゃないか、とコンペを見ていて感じました。エンターテインメント作品が希望や肯定を描くのは当たり前じゃないかという意見もあるでしょうが、細田監督があるインタビューで語っていた通り、説得力を持って肯定を描くのは難しいのです。実際、コンペ作品の中には最後に希望や肯定を描こうとした作品が2本ありましたが、どちらもとってつけたようなオチで説得力は感じませんでした。

 というわけで、否定より肯定へ向かおう! ヤクザに墜ちるよりサムライであり続けよう! と超強引にタイトルに引っかけて、ロカルノ報告を終わります。

プロフィール

写真

小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から編集局文化グループ記者。

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内