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クギの頭も特撮から

2010年1月18日

  • 筆者 小原篤

写真拡大川北紘一著「特撮魂 東宝特撮奮戦記」(洋泉社、2310円)写真拡大1973年版「日本沈没」は東宝からブルーレイでも発売中写真拡大古谷敏著「ウルトラマンになった男」(小学館、1785円)写真拡大「ウルトラマン」DVDはバンダイビジュアルから発売中

 【意味】クギの頭のようなつまらないものでも、特撮の現場ではとても大事な意味を持つ。

 いまでっちあげたことわざですが、正にこういう感慨を抱かせる本を最近2冊読みましたので、ご紹介します。

 平成ゴジラシリーズの特技監督川北紘一さんが、初の自伝「特撮魂 東宝特撮奮戦記」(洋泉社)を出しました。中学生のとき見た「地球防衛軍」に衝撃を受け1962年に東宝に入社、「三大怪獣 地球最大の決戦」などに携わり、テレビ「ウルトラマンA」、映画「さよならジュピター」などを経て、89年の「ゴジラVSビオランテ」から95年「ゴジラVSデストロイア」までの平成ゴジラを世に送り出しました。

 若き日の川北さんは、山のようなNGフィルムを「捨てるくらいなら下さい」と譲り受け、OKカットとNGカットのどこが違うのかを考え、さらに仕事の合間に自分なりにフィルムをつないで編集修行をしたとか。「まさに屑でしかないジャンクフィルムの中に大量のお宝が眠っていた」。そのほか、高熱を発する巨大なライトで照明さんがイモやスルメを焼いていていいにおいがしたとか、壊されずに残った広大なミニチュアセットを若いスタッフたちがゴジラ気分で壊しまくったといった楽しいエピソードの一方で、「神様」円谷英二が亡くなった後に撮影所の空気が冷めてよどんでいく様も…。

 驚いたのは、映画「日本沈没」(73年)の群衆シーンをクギで撮った、というお話。皇居に押し寄せる人々をヘリのパイロットの視点から見下ろす場面で、これをどう撮影したかというと、大きな写真パネルの上に小さなクギを半分に切ったものを大量に置き、下から磁石で動かしたところ、本当に群衆がうごめいているように見えたそうです。「いまだったらCGでいくらでもできるけど、当時はそんなもんないから」。うーん、すごいアイデア。本編開始から1時間ほどのシーンがそれです。ごく短いですが、効果のほどはDVDでお確かめ下さい。

 もう1冊は、着ぐるみを着て初代ウルトラマンを演じ、「ウルトラセブン」でアマギ隊員を演じた俳優古谷敏さんの初の回想録「ウルトラマンになった男」(小学館)です。

 嵐寛寿郎の鞍馬天狗に憧れて東宝に入社。180センチ超の身長と八頭身のプロポーションを買われ、大部屋俳優から特撮番組の「主役」に抜擢されました。顔を見てもらえない仕事は嫌だと一旦は断りますが、「君にしかできない」と口説き落とされ銀色のマスクとスーツを身につけることに。全身を締め付けるスーツで手足はしびれ、目の穴が小さく視野は狭い。そんな状態で撮影初日、怪獣グリーンモンスの背中めがけて飛び降りるシーンでクギを踏み抜くアクシデントに見舞われますが、傷口をカナヅチでたたいて(血と一緒にばい菌を出すため、とか)赤チンとバンソウコウで撮影再開! スペシウム光線のポーズを体に染み込ませるため、1日の撮影が終わったあと自宅の三面鏡に向かって毎日300回練習したとか。ソフトな二枚目の古谷さんからは想像もできませんが、そこらへんのスポ根もハダシで逃げ出すど根性物語です。

 それでも、疲れと重圧から撮影の合間に何度も吐くような過酷な日々が続き、降板を申し出るしかないと決意した日の朝、バスの中で夢中になってウルトラマンの話をしている小学生たちの姿を見て、ヒーローを演じきる覚悟を決めます。ハヤタ隊員と一心同体になり命をかけて地球を守るウルトラマンの姿がダブってくるようなエピソードではありませんか。「セブン」のアマギ隊員としてサイン会に行った先々で、お母さんたちから「ウルトラマンが宇宙に帰ってしまった時、うちの子供は泣きながら、窓を開けて夜空を見たんですよ」という話を聞かされ、「僕はウルトラマンをやってよかった。子供たちのヒーローになれてよかった」と心から思ったそうです。昔はよかったなんてつまらないことは言いたくはありませんが、やっぱりいい時代だったんだなあ、との思いを禁じ得ません。

 というわけで「クギの頭も特撮から」。特撮の現場では、何でもないクギが大群衆に変身することもあれば、役者の血と涙に濡れることもあり、そんな隠れた苦労や工夫の積み重ねが、フィルムに無限の夢を定着させてきたのです。

プロフィール

写真

小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から編集局文化グループ記者。

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