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神様の奇妙な愛情

2010年3月15日

  • 筆者 小原篤

写真拡大「手塚治虫 エロス1000ページ 上」写真拡大「手塚治虫 エロス1000ページ 下」(ともにINFASパブリケーションズ)

 「手塚治虫 エロス1000ページ」という本が送られてきました。「マンガの神様」手塚治虫の膨大な作品の中から「エロス」をテーマに編んだ上下巻26編、計1000ページのアンソロジーです。開いてみたら案の定、禁忌と変化(へんげ)のオンパレード。手塚治虫の描くエロが普通のエロであるわけがないのです。そこが面白いからこんな本を出すのでしょうけれど(刊行はINFASパブリケーションズ)。

 上巻は、月の光のために女たちが一斉に発情し男を襲ってついには食べてしまうという話から始まります。そのあとも、アパートに素っ裸の男女が上がり込んできて主人公の目の前でいきなりイチャイチャ、2人は未来人らしく…とこれはSF。「きりひと讃歌」からは、犬のような姿と化した主人公が見せ物として雌犬にのしかかられるというえぐい話。「蛾の尻尾にセックスを感じる」という男が、ベッドで巨大な蛾と化した妻に迫られ「ギャーッ!」という怖い話。好きになったものを取り込んで同化してしまう少女が、半分クモ化したり半分トカゲ化したりほとんどネコ化したり、そしてついに…。「海のトリトン」からは幼い人魚が急激に大人の体になる話。「バンパイヤ」からは悪漢ロックが、自分そっくりに化けた奇獣(ハダカです)をムチで調教する話。さらに、妖怪の力で色男に変身した武士が自分の娘と恋に落ち…とか、宇宙から来たガス生命体に体を乗っ取られ怪物に変身する少女とか、宇宙の病原体に感染した美女とセックスしてミイラ化する男たちとか。

 下巻だって、いかれた科学者により性器に意思を持たされた男女の悲喜劇とか、日本がヌーディスト国家になり男たちが違法の着衣姿にエロを感じる(着エロ?)話とか、伯父と姪の近親相姦話のあと兄と妹の近親相姦話があって、さらに、透明人間になった妹の体におしろいを塗ってやる兄が登場し、刺客をアソコに誘い込んで圧死させるランプの精(女)が出たり、魂を吹き込まれたダッチワイフが出たり、マネキンに恋をする流行作家が出てきたり。「ブラック・ジャック」は、整形手術で鳥人間になる少女の話だし。

 掉尾(とうび)を飾る「ふたりは空気の底に」は、人類最後の生き残りの男女を描く美しき終末SFで、これが一番マトモといえばマトモな性愛。なのに、性に目覚めた2人がいよいよ結ばれるとき肝心のコマを2頭の天馬が空を駆けるという〈イメージ〉にしてしまうのです。神様どうして?

 連載の中からその手の話をポンと抜き出して読まされると、当然ながらストーリーはぶつ切りで、余計に性愛のグロテスクさやフェティシズムや倒錯ぶりが際立ちます。編者もそのへんは計算済みでしょう。にしても、下巻の始まりにどうみても「エロ」じゃない短編「おかあさんの足」を置くというのは悪ノリじゃないでしょうか。飛行機に子ネコを乗せるため、母ネコが自分の脚をワニに食わせて子ネコの分だけ体重を減らす、という童話風(絵柄もソフト)のマンガですよ。

 いやしかし本当に、禁忌と変化がお好きなのね、と痛感します。紙の上に描かれたものに過ぎないキャラクターに強烈な〈命〉を感じてもらうには、禁忌や変化を盛り込むのが効率的で有効な手段である、という計算もあったと思いますが。というわけで1000ページたっぷり、この楽しくて邪悪なたくらみを堪能させていただきました。上巻掲載の「人間昆虫記」の中のセリフ「世紀の完全変態にカンパイ!」という気分です。ここでいう「変態」とは、ホントは昆虫の変態のことなんですけど。

 不満があるとすれば、私が中学1年のとき教室に置いてあった秋田文庫で読んで衝撃を受けた「ペーター・キュルテンの記録」と「最上殿始末」が入ってないこと。前者は、近親相姦の一家に生まれた男が獣姦、屍姦の果てに死刑になる話。後者は、殿を殺してすり替わった影武者が奥方に復讐される話ですが、その奥方のやり方というのが、ひどい梅毒もちと交わり影武者に感染させるという恐ろしいもの。両作とも「こんなの教室に置いといていいの?」という内容ですが、とぎすまされた筆致で人間の業を描いた傑作短編で、ただのエロにとどまらないのはやっぱり神様のすごいところです。今回のアンソロジーに入らなかったのは、神様のエロスは1000ページには収まりきらないから、ってところでしょうか。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から編集局文化グループ記者。

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