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名画を撮るのは業の深い人

2010年3月29日

  • 筆者 小原篤

写真拡大「マックス・フライシャー アニメーションの天才的変革者」(作品社)写真拡大「黒澤明VSハリウッド 『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて」(文芸春秋)写真拡大「クリント・イーストウッド ハリウッド最後の伝説」(早川書房)

 ここのところ映画人についての本を続けて読んでいます。

 はじめは「マックス・フライシャー アニメーションの天才的変革者」(作品社)。フライシャー兄弟の長編アニメ「バッタ君町に行く」については本欄でも触れましたが、昨年12月のリバイバル上映に合わせたのか、映画監督リチャード・フライシャーが父マックス(「バッタ君」プロデューサー)の生涯をつづった本書が、11月に翻訳出版されました。マックスと弟デイブ(「バッタ君」監督)は口もきかないほどの不仲で、連絡は手紙のやりとり(この中身がなかなか辛辣)で済ませていたとか。それでも「バッタ君」や「ポパイ」や「スーパーマン」の制作は順調だったというのですから不思議なものです。

 愛するスタジオをパラマウントによって乗っ取られる理不尽な事件、作品の権利を取り戻そうとした訴訟に敗れ失意のなか認知症になっていく姿。波乱に満ちたマックスの生涯が、父への敬愛にあふれたリチャードの筆であたたかく描かれています。ですがもともと私が読みたかったのは、ライバルであるウォルト・ディズニーとのかかわり。

 金をかけ手間をかけたディズニー作品が次々と賞をかっさらうのがうらやましくないか、と父マックスに問うと、答えは「メダルは食えないぞ」。なるほどねえ。しかしやがてマックスはディズニーの「白雪姫」を追いかけて長編アニメ制作という大バクチに出て、悲惨な結果に終わるわけですが、さらにその後、リチャードがウォルト・ディズニーその人から娯楽大作「海底二万哩(マイル)」の監督を任され、それが出世作となるのですから、運命とは皮肉なものです。

 監督をやってほしいというウォルトの申し出にびっくり仰天のリチャードは問います。「私が誰か、ご存じですよね」

 ウォルトはくすっと笑い「ああ、知っている。だからって関係ない」。

 リチャードから相談を受けたマックスは「もちろんやるべきだ」。そしてウォルトにこう伝えてくれと息子に頼みます。「監督を見る目がある」

 本を買って私が真っ先に開いたのはこのくだりでした。

 さて、リチャード・フライシャーといえば「トラ・トラ・トラ!」の米国側を担当した監督です。日本側はもちろん黒澤明(のはずでした)。映画史に残るスキャンダルとなったその監督解任劇を追跡した「黒澤明VSハリウッド 『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて」(田草川弘著、文芸春秋)を、続いて読むことにしました。出版された時に買ったのですが、ずっと積ん読状態だったのです。

 契約を巡る誤解(黒澤の思い込み)や素人俳優を起用した誤算や撮影現場でのトラブルによって、黒澤が追いつめられ奇行に走りついに屈辱的な解任を告げられる過程は、重厚なサスペンスを読むようで、さすが幾つもの賞に輝いた著作です。期待通りリチャード・フライシャーも出てきましたが、これが期待以上に面白い。リチャードの代表作の一つ「ミクロの決死圏」を見た黒澤は、ミクロ化した特殊潜行艇が人体に入る描写を見て体中がムズムズして気持ちが悪くなったそうで、リチャードのことを「ミクロ野郎」と呼んで嫌っていたとのこと。そんなヤツが米国側の監督と聞いて不愉快でしょうがない黒澤は、プロデューサー立ち会いのもとハワイで会談した時もほとんど口をきかず、食事を兼ねたその打ち合わせでリチャードがどの料理にもケチャップをドバドバかけるのを見て唖然呆然。「ケチャップ野郎」というありがたくないあだ名が加わった、という顛末。いやあ笑えます。黒澤にとってもリチャードにとっても笑えない話でしょうけれど。

 続いてやっぱり積ん読状態だった「ビリー・ワイルダー・イン・ハリウッド」(モーリス・ゾロトウ著、日本テレビ)へ。理由はタイトルがちょっと似ていたから、ではありますが、ハリウッドと格闘した異邦人という共通項はありますね。周りの人を辟易させるワイルダーの毒舌、偏屈、天邪鬼ぶり、そして娼婦というテーマに対するこだわりを生んだ若き日の秘話などが印象的ですが、驚いたのは「麗しのサブリナ」のくだり。アーネスト・レーマンと共同で脚本を執筆しますが、なんと完成しないまま撮影に入り、昼は監督の仕事、夜は執筆、しかし深夜になっても明日撮影する分の脚本がまだ出来ない!というとんでもない事態に。宮崎駿監督は、話が途中までしかできていない段階で作画作業に入ってしまうので有名ですが、巨匠ワイルダーがそれを上回る無茶なことをしていたとは知りませんでした。脚本完成後に撮影に入ることはめったにないらしく(もちろんハリウッドでは異例)、あえて困難な状況に自分を追い込むのだそうで、共同執筆者や周りのスタッフはたまったもんじゃないでしょう。

 またまた「ハリウッド」つながりで、今度は「クリント・イーストウッド ハリウッド最後の伝説」(マーク・エリオット著、早川書房)を読んだら、共演した女優を愛人にしたり愛人を自作に出演させたり、その愛人に暴力を振るったり何度も中絶させたり、その一方で地位と名声に対する執着もまた強く……というかなりご迷惑なエゴイストとして現代の巨匠イーストウッドが描かれています。

 著者の名に見覚えがあると思ったら、ずいぶん前に読んだ「闇の王子ディズニー」(草思社)を書いた人ではないですか。なるほど、ダークでスキャンダラスなのはお得意なのですね。この「闇の王子ディズニー」は、ボブ・トマスによるいわば「公認」の伝記である「ウォルト・ディズニー」(講談社)の向こうを張ってか、ウォルトの暗部を強調した本です。父親に虐待されたとか、スタッフをこき使う暴君だったとか、チック症や神経衰弱や性的不能に悩んでいたとか、反共主義者でFBIの情報提供者だったとか。

 それはそれで面白いのですが、私にとって一番印象に残ったのは、1941年に「ファンタジア」の興行的失敗、スタジオのストライキ、父親の死、という三つの出来事がウォルトを打ちのめし、彼の創作意欲を死に至らしめたという記述です。容赦のない書き方ですが、ディズニーの作品群を振り返るとまさにその通り、よくぞスパッと言い切ったものです。ウォルトはその後も優れた作品を手がけましたが、この時期の輝きには及びません。ディズニーの、そしてアニメの黄金期がもう少し長かったらどんな作品が生まれたろう? そう夢想するとき、この記述は痛ましさを増すのです。

 そういえば、この本でウォルトがリチャード・フライシャーに「海底二万哩」の監督を任せたというくだりを読んで、その時のリチャードの心境やいかに?と思ったのでした。というわけで、お話は冒頭につながります。

 それにしても、名作を生んだ映画人ってのは業の深い人ばかり、という気がします。宮崎監督も「映画って、いいヤツには作れませんからね」と言っていましたし。さて、次は何を読もうかな?

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から編集局文化グループ記者。

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