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1980年のクラスメート

2010年4月26日

  • 筆者 小原篤

写真:村上春樹さんは「1Q84」第3巻発売が話題になりました拡大村上春樹さんは「1Q84」第3巻発売が話題になりました

写真:DVD「耳をすませば」(ディズニー) 私とカミさんにとって思い入れのある作品です(「私たちもこんなだった」という意味ではありません)拡大DVD「耳をすませば」(ディズニー) 私とカミさんにとって思い入れのある作品です(「私たちもこんなだった」という意味ではありません)

写真:ブルーレイ「007 ロシアより愛をこめて」(20世紀フォックス) 後ろに写っているのがダニエラ・ビアンキ拡大ブルーレイ「007 ロシアより愛をこめて」(20世紀フォックス) 後ろに写っているのがダニエラ・ビアンキ

写真:ご近所だということが分かった東浩紀さん拡大ご近所だということが分かった東浩紀さん

 僕と彼女が出会ったのは1980年の春、12歳のときだった。私鉄の線路わきに建つ公立中学で、だぶついた詰め襟の学生服を着た僕は教室の右隅の席、セーラー服の彼女は二列はなれた後ろの席に背筋を伸ばして座っていた。ジェームス・ディーンが好きで、リルケや福永武彦を読むような文学少女だった。そのころの僕は海外ミステリーばかり読んでいて、「007 ロシアより愛をこめて」のダニエラ・ビアンキがアイドルだった。

 ――なーんて書くと村上春樹っぽいかな?と思ってやってみましたが、背中がムズがゆくなるのでもうやめます。それに彼女が読むと、きっと怒るので(ウソは書いてないはずだけど)。

 なぜこんな書き出しにしたかというと、村上春樹のパチモンくさい今回のタイトルを思いついてしまったからで、ではその「1980年のクラスメート」とは誰かというと、カミさんのことです。この春で、知り合って30年になります。よくまあ長く続いたもんだ――なんて実感はまるでなくて、だいたいカミさんと知り合う前の人生の記憶がどんどん圧縮され忘却の彼方(かなた)に消え去っていくわけですから、もはや〈長い・短い〉の比較対象がないわけです。

 カミさんとは小学校も同じでしたが、知り合ったのは中学に入ってから。それを「幼なじみ」というかは微妙ですが、このコトバはオトメ心やオタク心をなかなか刺激するもののようです。結婚して地方生活を始めた私たちのところに泊まりに来たカミさんの友人が、私と2人きりになったタイミングを見計らって(?)「中学からずっと好きだったんですか?」と目をキラキラさせて訊(き)いてくる、なんてことが2度ほどありました。彼女たちの脳内には少女マンガちっくな物語がわき上がっていたのかも知れませんが、私の方は照れくさいので「ええ、まあ」くらいしか答えませんでしたけど。

 野郎を相手に飲み屋でオタクトークをかましている間にひょいとそんな話題になると、まるで違った反応が返ってきます。「12歳? ヘンタイ!」(某映画監督)、「このロリコン!」(某出版社社長)。

 先日も、4月から弊紙の論壇時評の筆者になった批評家の東浩紀さんと会議を終えて飲んでいたところ、ご近所に住んでいて共に子育て中のよしみからそんな話になったら「小原さんがそんなリア充だったなんて。ひどい裏切りだ、アニメはただの趣味だったんだ」。ええっ、そんな……。しょうがないので「カミさんは本妻、アニメは愛人」と手塚治虫をパクって答えておきました。ちなみに「リア充」とは、現実の生活(リアル生活)が充実している人を指す(刺す?)コトバです。

 「ツイッターに書いていいですか?」と訊かれたので、どうせコラムのネタにするつもりだったし「構いませんよ」とOKしたところ、その夜(未明)のうちに東さんのこんなつぶやきが。

 「【特報】オタク記者@朝日新聞として有名な小原記者は、1.小学生から一緒の幼なじみと 2.25歳のときに結婚したリア充であった!」

 ツイッターでの反応は「負けた!」「吊(つる)せ!」「それなんてエロゲ?」etc.

 ちなみに、私たちがいた中1のクラスでは少なくともほかにもう1組が結婚したそうで(その後どうなってるかは知りませんが)つまり、単に手近なところから相手を見つけてきたってことなのではないでしょうか。

プロフィール

写真

小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から報道局文化グループ記者。

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