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あ〜、いいパッド

2010年5月3日

  • 筆者 小原篤

写真:米アップル社のiPad拡大米アップル社のiPad

写真:ニューヨークのアップルの店舗で買ったばかりのiPadを試す親子=4月3日拡大ニューヨークのアップルの店舗で買ったばかりのiPadを試す親子=4月3日

写真:佐々木俊尚著「電子書籍の衝撃」(ディスカヴァー携書)拡大佐々木俊尚著「電子書籍の衝撃」(ディスカヴァー携書)

 先日、iPadの実物に触れる機会がありました。アップル社の話題の携帯端末です。キラキラピカピカの未来的ボディー、大きくて美しい画面。そして画面上で指を滑らすと、ページがひらりとめくれていきます。でも、思いのほか重い!

 縦24.3センチ、横19.0センチ、厚さ1.3センチ、重さ680グラム。人にもよるでしょうが、これを電車の中で片手で持って読んでいたらヒジが痛くなりそうです。瞬間的に思ったのは、これを喜ぶのは携帯端末でも紙の本を読む感覚を保持したい本好きの人か、常に最新のデジタル小物に触れていたい人ではないか、ということ。つるっと落としたらどうしよう、カバンに突っ込んでうっかり尻の下に敷いたらどうしよう、とかいろいろ心配です。実際のところ、iPhoneで十分ではないでしょうか(ユーザーじゃないけど)。人によったら、もっと小さい携帯電話の画面で十分なのかも知れません。

 ちょうど、佐々木俊尚さんの「電子書籍の衝撃」(ディスカヴァー携書)を興味深く読んだところでした。iPadやアマゾンのキンドルといった、読書に向いた携帯端末の出現により、出版は小規模な(小回りのきく)ビジネスになり、有名無名の書き手の作品が同列に並ぶ「本のフラット化」が進むと予測し、先行モデルとして音楽分野を挙げています。

 そこで私が連想したのが、2008年12月18日夕刊(東京本社版)に載った坂本龍一さんインタビュー。ネット配信によって音楽の流通コストが下がり、1曲あたりの販売単価が下がって「音楽の経済的な価値は限りなくゼロに近づいてしまった」、そして「誰でも曲を発表し流通させることができる。プロとアマチュアの境目はなくなりつつある」「音楽家は、一握りのヒットメーカーを除いて職業とすることは難しくなるだろう」と語っています。

 これをそのまま本に当てはめると、ネットの世界では誰でも本が出せるけど、本の経済的な価値はゼロに近づき、プロ(つまりそれで食べていける人)はほんの一握りになる。既存のものでこのイメージに近いのは、ケータイ小説とかオンライン小説でしょうか(読んだことないけど)。

 佐々木さんは著書の中でこんな、ある意味極端な未来予測はしていません。音楽では、アルバムというパッケージを離れ楽曲がバラバラに流通する「マイクロコンテンツ化」が進みましたが、「本というコンテンツは、ひとつの統一された世界観を提示し、物語として完結する性格を持っているから」(57ページ)マイクロ化しない、というのが佐々木さんの見方です。ただし「実用書や短編集、エッセイなどにおいてはそのかぎりではない」(58ページ)だそうです。

 書店にはいま「○○のための50の法則」とか「××しない100の習慣」とか「1分で分かる△△」なんて本があふれていますが、何だかもうマイクロコンテンツ化する気まんまんに見えますね。何かのキーワードで検索したら「法則」の34番目と「習慣」の69番目がヒットして、そこだけ読むといった買い方が成り立ちそうです。小説にしたって、1章1章がそれぞれ1話として楽しめるような書き方にしていけば(つまり短編連作)マイクロコンテンツ化は可能でしょう。140字で物語を書く「ツイッター小説」なんてのも既にあることですし。iPadのでっかい画面に合わせるより、ケータイのちっこい画面に合わせてそのように変容していかないと、若い読者を獲得できないのでは? 問題は、無料コンテンツがあふれかえるネットの海で、いったいどれだけの値段をつけられるのかということですけど。

 ――なーんて、ITにくらい私がガラにもないことを書くとすぐボロが出ますので、今回はこのへんでオシマイ。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から報道局文化グループ記者。

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