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眉で笑って師弟愛

2010年5月10日

  • 筆者 小原篤

写真:「へうげもの」第1巻(講談社) 「ひょうげもの」と読みます拡大「へうげもの」第1巻(講談社) 「ひょうげもの」と読みます

写真:作者の山田芳裕さん=講談社提供拡大作者の山田芳裕さん=講談社提供

写真:利休切腹が描かれた「へうげもの」9巻 カバーは黒拡大利休切腹が描かれた「へうげもの」9巻 カバーは黒

 出世もしたいが名器も欲しい、茶の湯と物欲に魂を奪われた戦国武将、古田織部(ふるた・おりべ)が主人公のマンガ「へうげもの」(山田芳裕作、講談社)が、第14回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)のマンガ大賞に選ばれました。主君である信長、秀吉、茶の師匠である利休ら、業の深い人たちにもまれ、織部が「数寄の天下」を獲(と)らんと「へうげもの(ひょうきん者)」の道を突っ走る物語です。

 ちなみに今回の手塚治虫文化賞は、新生賞が「虫と歌」(講談社)の市川春子さん、短編賞がヤマザキマリさんの「テルマエ・ロマエ」(エンターブレイン)、特別賞がマンガ評論家の故・米沢嘉博さんでした。私も担当記者として3月の最終選考に立ち会い、4月19日朝刊には受賞者インタビューなどからなる特集紙面を掲載しました。今月28日には贈呈式が開かれ、これも取材する予定です。

 手塚治虫文化賞は、最終選考に先立ち、選考委員の皆さんが持ち点15点(1作につき最高5点)で投票をし、その上位作を候補とします。だいたい候補が10作を超えないあたりで線を引きます。今回は、計6点以上を獲得した上位6作(2位だった「ONE PIECE」は残念ながら辞退)を候補としましたが、「へうげもの」はこの時点で「最下位」でした(あくまで上位作品の中で、の話ですが)。最終選考で委員の方々が白熱した議論を展開し、6作から候補を絞っていく中でジワジワと支持を広げ、みごと金的を射止めたわけです。

 その大きな理由の一つは、2005年から連載を始めた本作が、昨年刊行された9巻で利休切腹という大きな山場を描ききったこと。9巻のカバーの色は利休の美学を象徴する「黒」で、作者の覚悟を感じさせます。まさに、賞をさしあげる好機でした。

 山田さんの作品の特徴は、一度見たら忘れられない印象を読者に残す強烈なデフォルメ。登場人物が思い切り力を込める正念場や感情が爆発する見せ場になると、作者もここぞとペンに力を込め、大ゴマいっぱいに、極端にパースを強調した人体やあり得ないくらいねじれた表情やポーズをぶっつけてきます。豪快で力強く、奇抜でユーモラス。織部が好んだ茶器にも通じる魅力です。山田さんも「まさに『織部好み』のダイナミックな美に近づきたい。その一心で描いている」と語っています。

 ですがこの切腹の場面、さりげない描写に心を打つものがありました。片眉をつり上げてほほえむ利休の顔に、師弟愛と美学の継承ぶりが、凝縮されて描かれていることに気づいたからです。

 まずはさかのぼって第6巻、織部が「数寄」を追求するあまり縄文風の茶席をしつらえて利休にたしなめられる場面があります。見開きの大ゴマの右側は巨大な利休の冷ややかな横顔、左側はそれを見つめ驚愕(きょうがく)する縄文人ルックのマヌケな織部。「あなたのなさっておることはわびではございません。古田織部正(おりべのかみ)様は天下一どころか未熟者にございます」とバッサリ。私にとって本作で一番笑える場面です。

 そこから90ページほど進むと、同じ構図が出てきます。利休は織部に向かってこう述懐します。わび数寄とは本来面白いものであったのに己が美学に執着するあまりそれを忘れていた、そしてあなたのことを思い出した、と。そして次のページで「私もまた不完全なる未熟者にございました」とわびるのです。逆転とさえ言える2人の立場の変化が、同じ構図を使ったことで際立ちます。

 片眉笑いが登場するのはその8ページあと。日を改めた茶席で、ひびの入った茶入れのフタを売り出しひともうけする悪巧みを織部がもちかけます。我らの目利きにかなったのだからこれははやる、と。口の両端をつり上げニマッと笑う織部に対し、目を閉じ片眉を上げてわずかにほほえむ利休。その顔からは「やれやれ、しょうのない男だが、なんと面白いことか」という声が聞こえてきそう。なんてことない場面のようですが、このほほえみが9巻に再び登場します。

 秀吉の怒りを買い堺に蟄居(ちっきょ)を命じられた利休は、ひしゃげた花入れを見つめているうちに、弟子の織部と細川忠興が危険を冒して淀川まで見送りに来たことを思い出します。そして思わず片眉笑いをし、ユーモラスな姿の花入に「なるほど……笑いの力とは強きもの……死を目前にこわばる私の心をも和ませようとは………」とつぶやくのです。織部の「笑いの力」に茶道の未来を託そうという思いがくみ取れますが、満足しきった笑みではないのは、そこに無念とあきらめが交じるからでしょう。非対称の眉は、利休と織部の美学のズレを、その継承の中にある不連続面を、視覚的に象徴しているように見えてきます。

 ここまで布石を打っておいて切腹の場面。山田さんは、利休の介錯(かいしゃく)を秀吉の命で織部が務めるという大胆かつドラマチックなシチュエーションを用意します。利休は「秀吉が犬よ」と織部をののしりますが、それは罪悪感を消してやろうという「もてなし」の心。気づいた織部は、刀を振り上げたまま動けません。利休は切腹するのに壁がジャマだ、とオーバーに暴れてみせ織部を大笑いさせます。「それがあなたなのです。お忘れなきよう」と言って形見の茶杓(ちゃしゃく)を置く利休。胸をつかれ滂沱(ぼうだ)の涙をながす織部。ここに、茶道の継承はなりました。

 小刀を腹に突き立て利休は言います。「痛(いと)うございます。早(はよ)う」。片眉をつりあげ額に深いシワを刻んだその顔は、傷みをこらえつつほほえんでいます。そして振り下ろされる織部の刀。利休最期の表情は、自分の追究した美もここまでという痛恨と、師を超えて独自の道を目指す「へうげもの」への愛がないまぜとなった、作者渾身(こんしん)の、そして会心のショット(あえてショットと呼びたい)だったのでは、と推察します。

 物語は次章で2年後にジャンプしてしまうのですが、欲をいえばその前に、師の死を織部がどう受け止め乗り越えたか、その内面のドラマをじっくり見せてほしかった気がします。師の首をはねた後、織部はひとり茶をたてたのではないか? そこで自分の心と、そして心の中の師と、たっぷり語らったのではないか? そんな気がします。大技も小技もさえわたる作者の筆で、そのドラマが読みたかったと思うのは、望蜀の嘆でしょうかねえ。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から報道局文化グループ記者。

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