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真っ赤な入り江に何を見る?

2010年6月21日

  • 筆者 小原篤

写真:映画「ザ・コーヴ」から拡大映画「ザ・コーヴ」から

写真:こちらも「ザ・コーヴ」から拡大こちらも「ザ・コーヴ」から

写真:来日し会見するリック・オバリーさん拡大来日し会見するリック・オバリーさん

 「イルカ解放運動」の活動家と日本のイルカ漁を取材した米ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」の公開が、暗礁に乗り上げています。「反日映画だ」と抗議して配給元や劇場に圧力をかけている方々は、映画を見たのでしょうか? 見ないで批判しているなら無責任ですし、見た上で批判しているのならその同じ機会をなぜ人々から奪おうとするのでしょうか?

 私もマスコミ向け試写で見ました。確かに偏見や独善や思い込みや思い入れなどいろいろある映画ですが(面白いところもあります)そもそも見ないことには何も始まらない。「ヒドいから見るな」とは言えても「見せるな」と言うのは間違っています。

 「わんぱくフリッパー」で調教師兼俳優として活躍し富と名声を得て、現在まで続くイルカ人気に一役買ったリック・オバリーさんが、飼っていたイルカのストレス死を機に、イルカを食い物にしたこと(←ちょっと皮肉な表現)を深く悔やみ解放運動の過激な闘士となる。本作を貫くこの贖罪(しょくざい)のドラマは実に魅力的です。オバリーさんは、水族館のイルカショーも「イルカにストレスを与える虐待だ」と大反対。映画は、米国や日本で観客がショーを楽しむ光景も否定的な文脈でとらえています。

 でも悲しいかな本作は、解放運動が当てにする一般大衆のイルカ人気(「イルカはかわいい」「イルカは頭がいい」)が、ほかならぬ「虐待ショー」によって醸成されている可能性について、ふり返ろうとしません(きちんと映画を見ていればおのずと気づくのですけれど)。取材対象への最低限の敬意と、自らを客観視する福田元首相のような冷徹な目、その二つがこの映画には欠けているのです。

 ですがこの映画で私が最も萎(な)えたのは、「入り江の秘密」を中心にすえたその構成です。あの入り江(コーヴ)には大変な秘密がある、何かを必死に隠そうとしている、それを暴かねばならない、さあこのミッション・インポッシブルをやりとげようぜ、それがオレたちの勝利だ――てな具合に映画は勝手に盛り上がっていきます。が、イルカ漁をしていて、その肉が店に並んでいるんですから、追い込んだイルカをその入り江で殺してるんでしょ、とハナからバレバレです。

 要するに焦点は、イルカをブスブス刺して海が血で赤く染まる「ショッキングな絵」を盗撮できるかなスパイ大作戦。でもねえ、生き物を殺したら血が出るのよ、狭いところで一度にやったら血もたくさん出るのよ、そりゃ海も真っ赤になるのよ、でも何時間かしたら元に戻るのよ、私だってイワシのつみれ汁を作るために一度に何匹もさばいてまな板と両手を血まみれにするのよ、そして毎日世界中で人間は生き物を食っていてそのぶん血が流れているのよ、だから問題は血がどこでどんだけ流れたかなんてことじゃないのよ、食文化ギャップとか海洋資源の危機とか水銀の生物濃縮とかどれでもいいから腰すえて考えましょうよ。

 ――などという私のイラ立ちもむなしく映画はラストへ。おなかに液晶テレビをくくりつけたオバリーさんが、首尾よくゲットした「血に染まる入り江」の映像を流しながら国際会議の会場に乗り込み、渋谷のスクランブル交差点にも立ちます。でも映画を見る限り、それほど騒ぎになりません。渋谷のにいちゃんねえちゃんは、何人かがテレビをのぞき込みますが、ほとんどみんなスルーです。

 映画は人々の無関心を嘆くつもりだったのかも知れませんが、私の目には「さらりとスルー」が正しい態度に見えました。理性でなく情緒に訴える作戦なんてイヤだなあと思っていましたが、そもそも情緒に訴える力もなかったのでは? ただ、漁師たちが隠そうとするのは「情緒に訴える力がある」と考えているからでしょうから、これは実際に劇場で「真っ赤な入り江」を見て、ご自分の「情緒」を試してもらうしかありません。

 だから、「ザ・コーヴ」公開しましょうよ。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から報道局文化グループ記者。

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