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かわいくて、おいしい

2010年6月28日

  • 筆者 小原篤

表紙:荒川弘「百姓貴族」(新書館) オススメです拡大荒川弘「百姓貴族」(新書館) オススメです

写真:見つめ合うニワトリ君と私。通りがかった人が珍しがって撮ってくれました拡大見つめ合うニワトリ君と私。通りがかった人が珍しがって撮ってくれました

表紙:佐々木倫子「動物のお医者さん」(白泉社)のヒヨちゃんは主人公の家で最強の生物拡大佐々木倫子「動物のお医者さん」(白泉社)のヒヨちゃんは主人公の家で最強の生物

表紙:こうの史代「こっこさん」(宙出版)もキョーボーです拡大こうの史代「こっこさん」(宙出版)もキョーボーです

 「ペットにするなら牛ですよ絶対!! 人になついてかわいいし!! 強いし!!」

 「え? かわいいんですか?」

 「なにより美味(うま)いし」

 これは、さきごろ完結した「鋼の錬金術師」の作者・荒川弘さんによるエッセーマンガ「百姓貴族」の一節。北海道で酪農をやっていた荒川さんの体験とは比べものになりませんが、私も子供のころ夏休みに遊びに行った祖母の家で、飼われていた牛にエサをやったり(その辺の雑草を引き抜いて口元に差し出すだけ)額のあたりをホリホリとなでたりしたことがあり、そのせいかテレビなどで牛を見ると(特に大きくて黒くてうるんだ目を見ると)「かわいい!」という言葉が口をついて出ます。かわいくておいしい。牛は偉いです。

 祖母の家ではニワトリも飼っていましたが、これはコケコケ鳴いてるかエサをつついているかで、面白みのない生き物でした(唯一の例外は本欄「消えたザリガニ」で書いた壮絶なザリガニ食い競争)。しかしそんな私のニワトリ観を劇的に一変させる出会いがあったのです。

 大学時代、講義の合間に私がよくぶらついていた三四郎池に、白色レグホンの雄鶏が住み着いていました。1988〜90年ごろのことです。実験用に飼われていたのを誰かが放したのでしょうが、このトサカも尾羽も大変リッパなニワトリ君は、コワモテの外見とは裏腹に(マンガではたいてい凶暴キャラですけど)とんでもなく人なつっこい生き物でした。しかも、とても奇妙な愛情表現の持ち主だったのです。

 池のほとりに立って私がチッチッと舌を鳴らすと、茂みの中からコケケッケッ!と鳴き声が響き、ニワトリ君が全身の羽をふるわせて猛然とダッシュしてきます。そして羽をバタつかせ足下の砂をけりながら私の靴をつつくのです。初めは、これが彼の愛情表現であるとは気づきませんでした。たいていの人は面くらい、怖がったりけ飛ばしたりするのですが、けられようと石を投げられようといささかもひるむことなく、ニワトリ君は池に来た人をこうして迎えます。

 気の済むまで靴をつつかせたら、今度は生協で買ったパンをつつかせます。そんなことを何度かしているうちに、石に腰掛けた私のひざに乗るようになりました。手乗りインコならぬ、ひざ乗りニワトリの誕生です。でかいニワトリ君がひざに立つと、10センチくらいの距離で顔をつきあわせることに。ザラザラしたトサカをつめの先でかいてやるとオレンジ色の目を細めて喜びます(少なくともそう見えます)。イヌは額、ネコはのど、そしてニワトリをなでるならトサカです。まず役に立たない知識ですが。

 私のひざでくつろぐことを覚えたニワトリ君は、しまいには両ひざの上に体を横たえ、私の腕を枕にうたた寝をするまでに。まるでネコです。ニワトリってこんなに人に甘えるのか、そしてこんなかわいいものを食っていたのか、と私は驚きました。何を食って何をかわいがるかなんて、ただ人間の都合によるものです。前回の本欄で取り上げた映画「ザ・コーヴ」にもつながる話ですが、ニワトリ君は私にこんなことを考えさせてくれました。

 生き物相手に人間がすることは1:愛玩、2:使役、3:食用、4:駆除(殺処分を含む)のどれかです。口蹄疫(こうていえき)のために種牛を処分するのは2から4、肉牛を処分するのは3から4、乳の出が悪くなった乳牛をつぶしたりカルガモ農法のカモを食べたりするのは2から3です。ある人にとって1だけどほかの人には4の対象ということもよくあります(例:野良猫のエサやり問題)。「ザ・コーヴ」のイルカへの視線は愛玩動物に対するものに近いので、1か3かの対立ということになります。飼いネコが生んだ子を飼い主が処分しちゃうのは、親は1だが子は4の対象ということです。イヌは1〜4いずれの対象にもなりますが、欧米を中心に3には強い拒否反応があります。

 でも結局、動物をどこにあてはめるかなんて人間の都合です(動物側にも向き不向きがありますが)。どこかで歴史が変わっていたら、私たちはニワトリをかわいがってネコを食べる暮らしをしていたかもしれません。ちなみに、マンガ「ドカベン」には坂田三吉がつぶてで野良犬をしとめてばあちゃんが舌なめずりする場面が出てましたし(後に改変)、先代の三遊亭金馬の落語で貧乏長屋の住人が「大家のネコを食っちゃった」と話すくすぐりを聞いたことがあります。まあ、そんだけ身近だったってことですね。

 この手の話に嫌悪感を抱く方がいるかもしれませんが、私はむしろアレコレつっこんで考えるのが好きで、「人間と同じ命です。大切にしましょうね」などと言って2・3・4の部分を無視するような態度は嫌いです。私は今なにも飼っていませんが、「ペット1匹に費やす金で、発展途上国の1家族が暮らせるのでないか」とか「牛肉やエビを使った高級ペットフードの工場がある国の子どもたちは、牛肉やエビをいつも食べられるのか」といったことも考えてみたりします。こうした疑問にドキリとするとすれば、それは「同じ命」ということでつい人間と動物を同列に考えてしまうからで、例えば「社交ダンスに費やす金で、発展途上国の1家族が暮らせるのでないか」という設問に替えると、金を費やす行為は同じなのに「罪悪感」のようなものが薄れていく気がします(しませんか?)。

 「ザ・コーヴ」がつまらないのは、動物という存在があぶりだす矛盾やギャップの面白さをまるで理解していないからなのですが、何にせよ公開館が決まったそうなので、とりあえずよかったよかった。

 ちなみに三四郎池のニワトリ君はやがて姿を見せなくなり、人づてに、散歩中の犬にかみ殺されたと聞きました。たぶんほえる犬にひるむことなく、いつも通り歓迎ダッシュを敢行したのでしょう。悲しかったのですが、彼らしい最期だと思いました。ニワトリ君の勇気に恥じないよう、動物をかわいがり、おいしくいただき、矛盾やギャップについて考え続けようと思います。

《編集部より》 前回のコラム「真っ赤な入り江に何を見る?」の英訳がInternational Herald Tribune/The Asahi Shimbunに掲載されました。 ⇒POINT OF VIEW/ Atsushi Ohara: Give viewers a chance to form own opinions on 'The Cove'(IHT/Asahi)
 「ザ・コーヴ」は7月3日からまず6館で上映される、と配給会社が発表しています。 ⇒「ザ・コーヴ」、まず全国6館で上映 7月3日から(asahi.com)

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。09年4月から報道局文化グループ記者。

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