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私の中の悪魔がつぶやく

2011年3月16日

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写真:「わたしを離さないで」 左からキャシー、ルース、トミー拡大「わたしを離さないで」 左からキャシー、ルース、トミー

写真:公開は3月26日、東京・有楽町のTOHOシネマズシャンテなど全国各地で拡大公開は3月26日、東京・有楽町のTOHOシネマズシャンテなど全国各地で

写真:(C)2010 Twentieth Century Fox拡大(C)2010 Twentieth Century Fox

写真:清水玲子作「輝夜姫」(白泉社文庫)第1巻拡大清水玲子作「輝夜姫」(白泉社文庫)第1巻

 カッコいいタイトルですが、中身は邪悪です。

 日本生まれの英国人作家カズオ・イシグロの長編小説を映画化した「わたしを離さないで」(26日公開)を見ました。外界から遮断された施設の中で育てられる子どもたち、実は彼らは臓器提供者として生まれ、そして死ぬ運命だった――という設定を、2006年に翻訳が刊行されたとき書評などで読んで、「それはどこの『輝夜姫(かぐやひめ)』?」なんて思いましたが(似通った設定のそういうマンガがあるのです)2011年現在、スクリーンに映る物語を見ていると「これはまるで今の日本の若者じゃないか?」と私の中の悪魔がつぶやくのです。

 映画は、臓器提供者の世話をする「介護人」を務める主人公キャシーの回想という形をとり、セピア色のノスタルジックなムードに彩られています。時代は20世紀後半、田園地帯の寄宿学校ヘールシャムを舞台に、キャシー、ルース、トミーの成長と恋が描かれます。国家プロジェクトにより生まれながらに課せられた義務を知った彼らは、ヘールシャムを出てつつましい共同生活を送る中で、いつか来る「その時」にじっと思いをめぐらせ、やがてある「希望」にすがってこの不条理に抗おうとします。

 語り口はあくまで静謐(せいひつ)。繊細な陰影をとらえた映像、趣のある美術(クラシカルな寄宿学校がステキ)、素朴な風合いの衣装も、それにマッチしています。俳優たちの演技は抑制がきいていて、フトうつむいての沈黙や、悲しげであいまいなほほえみが多くを語る、そんな映画です。キャシーを演じるキャリー・マリガンがどことなく宮崎あおいに似ていて、「それならルースは栗山千明、トミーは三浦春馬がいいかな〜。でも厳格な校長役のシャーロット・ランプリングには代わりはいない」なんて妄想しつつも、「平均寿命100歳の社会(←劇中でそう説明されます)を支えるためにハラワタを抜き取られ続ける若者って……」と思わざるを得ません。

 登場人物に不条理な運命をつきつけることでその生・愛・死を際立たせるという構造は、難病ものや戦争ものにも通じるごく普遍的なもの。SF的な設定を使って原作者や映画製作者が訴えたいテーマは、かつて弊紙のインタビューでカズオ・イシグロ氏本人がズバリ語っている通り「まったく新しい視角から、人間の本質とは何かを描きたかったのです。生きる時間がわずかしかないと知っていたら、何が重要か。愛か、友情か。死とどう向き合うか」(2006年10月18日朝刊文化面)。まさにこの映画は(私は原作を読んでません)それに成功しているのですが、私の中の意地のワルい悪魔のささやきによって見えてくるのは少々違った景色のようです。

 今年1月に弊紙に載ったある記事を思い出しました。「手術などで輸血が必要な50歳以上の高齢者が増加するのに、献血できる若者の数が少子化で減り、16年後に約100万人分の血液が不足するため、厚生労働省は献血者が減り続けている10代の若者の協力呼びかけを強化していく」という内容(1月19日夕刊1面)。我ながら、イヤな連想です。

 この作品のミソは「どこにも悪意はない」としたところ。悪役が存在せず、目に見えない、跳ね返すことのできない空気のようなものが、重苦しくキャシーたち3人を包んでいます。寒々とした浜辺にぽつんと放置された廃船を、座り込んで眺めている3人の姿がとても象徴的です。過酷な使命を背負わされた子どもたちを育てた校長が終盤、大人になったキャシーとトミーにある事実を明かすのですが、そこに「悪意」がないぶん彼らには余計に残酷です。

 「そうなんだよねえ、現役世代を苦しめてやろうと思って長生きしたり病気にかかったりする人は独りもいないよねえ」と悪魔がまたボソボソと……。世代間対立をむやみにあおる言説には気をつけなければなりませんが、現役世代1人で高齢者1人を支えることになる数十年後の超高齢化社会には、私は高齢者の側で(長生きできればですけど)息子は家族を養う現役世代だしねえ(結婚できればだけど)。

 伊達直人(タイガーマスク)の名で子どもたちにランドセルを贈った「タイガーマスク運動」にひっかけて、「子どもたちにランドセルを背負わせたいのが伊達直人、子どもたちに借金を背負わせたいのが菅直人」というジョークがあるそうです。「頑張って」と子どもたちを励まそうとしたタイガーマスクさんたちの善意は疑いようもありませんが、たとえばもし、「頑張って」の前に「私たちのために」をつけたら、「〜のが伊達直人」と「〜のが菅直人」は何だかつながっちゃうなあ、と私の中の悪魔がつぶやくのです。

 はてさて、どうにもイヤな話になってしまいましたが、映画「わたしを離さないで」はオススメの秀作です。スクリーンを前にして心の中でどんなつぶやきが聞こえるかは、あなた次第ですけど。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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