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去りゆく男の後ろ姿

2011年4月25日

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写真:インタビューに答える出崎統監督=2001年撮影拡大インタビューに答える出崎統監督=2001年撮影

写真:劇場版「エースをねらえ!」ブルーレイ(バンダイビジュアル)拡大劇場版「エースをねらえ!」ブルーレイ(バンダイビジュアル)「劇場版 エースをねらえ!」ブルーレイを楽天で検索

写真:「劇場版とっとこハム太郎 ハムハムランド大冒険」DVD(コロムビアミュージックエンタテインメント)拡大「劇場版とっとこハム太郎 ハムハムランド大冒険」DVD(コロムビアミュージックエンタテインメント)「ハムハムランド大冒険」を楽天で検索

写真:広島国際アニメーションフェスティバルで「鉄腕アトム」の演出家を集めたトークショーに出た出崎統さん=2008年撮影広島国際アニメーションフェスティバルで「鉄腕アトム」の演出家を集めたトークショーに出た出崎統さん=2008年撮影

写真:トークショーの控え室の超豪華な面々。左から手塚治虫の長男・眞さん、高橋良輔さん、富野由悠季さん、松谷孝征・手塚プロダクション社長、りんたろうさん、杉井ギサブローさん、出崎統さん=南正時さん撮影拡大トークショーの控え室の超豪華な面々。左から手塚治虫の長男・眞さん、高橋良輔さん、富野由悠季さん、松谷孝征・手塚プロダクション社長、りんたろうさん、杉井ギサブローさん、出崎統さん=南正時さん撮影

 いま私の目に浮かぶのは、重たげなまぶたを閉じ、かすかにほほえんで去っていく男の姿。その面影は力石徹のような、ジョン・シルバーのような(どっちにしても杉野昭夫タッチ)。そしてオーバーラップして、うつむき加減で去っていく後ろ姿に風が吹き(ここはスローモーション)、上着の裾がユラリとなびく……(そしてストップモーション)。

 「あしたのジョー」「ガンバの冒険」「宝島」「エースをねらえ!」「ベルサイユのばら」など数々の名作を残したアニメ監督・出崎統さんの訃報に接し、思い浮かぶ監督のイメージは、長年コンビを組んだアニメーター杉野昭夫さんが描いたような、カッコいい後ろ姿なのです。

 67歳の早すぎる死についシンミリクヨクヨしてしまいますが、そんな時は劇場版「エースをねらえ!」冒頭の愉快な名セリフを思い出して気分を晴らしましょう。「雨の夜は、ゴエモンけとばす!」(見た人でないとわからないけど)

 インタビューしたのは一度だけ。監督した映画「劇場版とっとこハム太郎 ハムハムランド大冒険」公開を控え、本欄の前身「アニマゲDON」の記事のために2001年12月にお会いしました。個人的な感慨を申しますと、映画を見た日に息子が産まれ(陣痛でうなるカミさんを病院に残して試写に行った)、インタビューした日にカミさんが退院したという、出崎監督には何の関係もないとってもメモリアルな取材でございました。

 痩身の監督はにっこり笑った笑顔が少年のようにまぶしく屈託がなく、話しぶりはにこやかおだやかで「鬼才」なんて感じはまるで無し。しかし、しぐさも話もなぜかカッコいいのです。まるでカッコつけたところがないのに、隅から隅まで終始カッコいい。出崎作品に薫るロマンは、この心身から放たれたものか、と感じ入りました。

 ネズミが主役の傑作(ガンバ)を残しても、少女マンガ原作を見事に料理しても(エースとベルサイユ)何となく男っぽい劇画風の作品が印象的な出崎監督と、「ハム太郎」とは意外な組み合わせですねと問うと、「子ども向けのもの、実は好きなんです。切った張ったの男っぽい作品が多いけど、『まんが世界昔ばなし』もやったし『家なき子』は自分の中で一番楽しかった作品でもある。『にんじん』をアニメ化したいとずっと思ってるしね。子どもを描き込んでいくと、正直に自分と向き合える」。

 できあがった映画で印象的なのは、ハムハムランドのいつも真っ暗な空と虹色の雲。「今までにない雰囲気が出たね。ディズニーランドの夜のパレードとか光がとてもきれいでしょ。それとネオン街にいると血が躍るような感じ――いや、それは(子ども向けだから)マズイか(笑)」。出崎監督とディズニーランド? う〜む、合わない。でもネオン街はピッタリ、というのはこちらの勝手な思い込みです。

 全力疾走で駆けるような爽快(そうかい)なテンポについて問うと、「ハム太郎たちの動きがちょこまかしているから速くなったのかな。こんなテンポはアニメならではと思う。実写にあこがれて、実写が持つ映像の重さと間を表現しようと『ハーモニー』(陰影や質感を強調した絵を挿入するアニメの技法)やスローモーションを使ってきたけど、僕が実写を撮ったらアニメの半分も中身が入らないんじゃないかな。今回、映画ができあがってみて、ちょっと速すぎるかと心配したけど、最後の静かな雪のシーンがそれで生きてくるかも知れないね」。

 ここまでは記事に書きましたが、実は一番聞きたかったのはその雪のシーン。姿を消したハム太郎を必死で探し回る飼い主のロコちゃんに向かって、ハムハムランドから生還したハム太郎が叫びます。「ロコちゃ〜ん!!」。ハッと振り向き、ハム太郎を抱きとめたロコちゃん。この物語では人間とハムスターの間では言葉は通じないという設定なのですが、ロコちゃんはラストでこうふり返ります。「雪の中で、誰かが私を呼んだの。(中略)絶対どこかで聞いたことのある声だった」

 いやが応でも思い出すのは劇場版「エースをねらえ!」のラスト。病室で息を引き取る宗方コーチの最後の言葉「岡、エースをねらえ!」が、飛行機で旅立つ主人公・岡ひろみの耳には届かない、あのシーンです。手元に原作マンガがありませんが、確か原作では「いま、コーチの声が」とひろみが気づくという、ドラマ的にはオーソドックスな展開だったはず。宗方の声は届かなかったけどハム太郎の声は届いたんですね、と実にまあ余計な質問ですけど聞かずにはいられなかったので監督に聞いてしまいました。

 「えぇ?! いやぁそんなコト、考えもしなかったなあ……。ふつう思いつかないよ」と驚き苦笑する監督。

 「ロコちゃんには聞こえたんだろうね、感じてくれたんだ。『魔法のタネ』(劇中に登場するキーアイテム。食べると人間と言葉が通じるようになる)の効き目があったのかも。『エース』の方は、あれはリアルな感覚でああしたんです。あそこは、声は聞こえないだろう、と。宗方とひろみの生き方が、そこで分かれていく。死んでいく男は、ひとりで死んでいくんだよ」

 このコラムを書くために当時のノートを繰って、この言葉を見つけたとき、去りゆく男のカッコいい後ろ姿が、瞬間的に目に浮かびました。

 宗方の声をひろみに聞かせなかった監督は、聞かせないことで宗方のひろみへの思いを表現したのではないでしょうか。「ふりむくな、前へ進め」と。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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