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2011年7月4日
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小原篤のアニマゲ丼

ウチのカミさんがね

文:小原篤

写真:コロンボに扮するピーター・フォークさん=ロイター拡大コロンボに扮するピーター・フォークさん=ロイター

写真:「白鳥の歌」を収めた「刑事コロンボ 完全版」DVD-SET3(ジェネオン・ユニバーサル)「白鳥の歌」を収めた「刑事コロンボ 完全版」DVD-SET3(ジェネオン・ユニバーサル)「刑事コロンボ」を楽天で検索

 俳優のピーター・フォークさんが亡くなりました。言わずと知れたコロンボ警部。おなじみのあの格好で、人なつこいあの笑顔で、そして吹き替えの小池朝雄さんの声で、「ウチのカミさんがね」と言う姿が思い浮かびます。このコラムで私が、「妻」でも「嫁」でも「女房」でもなく「カミさん」と書くのは、「コロンボ」のマネです。

 小学生のとき出会ったドラマ「刑事コロンボ」は、完璧な「大人の世界」に見えました。殴り合いも撃ち合いもない純粋な知的ゲーム、犯人のすきのない計略、巧妙なトリック、それを覆すコロンボの粘りと知略。犯人役のゲスト俳優がいかに豪華なメンバーだったか、当時の私は知りませんでしたが、彼らの放つゴージャス感はしっかり受け止めていました。そのゴージャス感をさらに高めたのが、犯人の自宅にあるプールやバーや映写室とか、物置みたいに大きな冷蔵庫とか、大理石の神殿みたいな浴室とか、自家用ジェットなんてものでした。

 私の記憶の「コロンボ」は、毎週毎週放映されるものではなく、NHKが時たま思い出したかのように土曜か日曜の昼間に流すもので、むろん家庭用ビデオデッキもレンタルビデオもない時代、いやがおうにも渇望感が高まりました。ちょうど公立図書館の児童室から卒業し一般書架の本に手を伸ばした頃で、「コロンボ」のノベライズを片っ端から読んでいきました。

 大人になって見返すと、周到に見えた犯行もけっこう偶然任せだったり、コロンボのワナもかなり強引でこの証拠で陪審を納得させられるのか心配になったりと、そんなに「完璧」じゃなかったんだなーと思うところもあるのですが、それでもとびっきり面白いことに変わりはありません。

 楽しませてくれたアレやコレやのタイトルを思い起こすと、ドンデン返しが見事だったのは「パイルD−3の壁」、犯人に仕掛けたワナが鮮やかだったのは「権力の墓穴」。前者は、もし死体がどデカいビルのコンクリートパイル(杭)に埋められているとしたらどうするか? コロンボは工事を中止させて掘り返すという大きな賭けに出るが……。壮大な計略には壮大なワナでこたえるという結末。後者は、犯人がコロンボ直属の上司であるという圧倒的に不利な状況を逆手に取ってペテンにかける。上司の「ドヤ顔」が、豆鉄砲を食らったハトのようになる瞬間の痛快さは、こたえられません。

 でもオトナというか40半ばのオッサンになったいま一番愛着がわくのは、冷血エリートや権力の権化(パトリック・マッグーハンやロバート・カルプが演じたような)がバッサリやっつけられるエピソードではなく、「別れのワイン」や「白鳥の歌」のようなしみじみしたお話。共に、犯人とコロンボが友情のようなもので結ばれるドラマです。ピーター・フォークさんの演じたコロンボは、切れるアタマを冴えない外見で隠した曲者でもありましたが、裏も表もある人間を深く知る人情家でもあったのです。

 観念した犯人のワイナリー経営者(演じるのはドナルド・プレザンス←「007」の悪の首領ブロフェルド)に、コロンボが自分で選んだワインをすすめる「別れのワイン」の幕切れは、シリーズ屈指の感動的な場面ですが、ここで詳しくご紹介したいのは「白鳥の歌」のあるセリフ。小学生だった私もこれにはシビレて、そらんじることができました。

 犯人はカントリー歌手のトミー・ブラウン(大スターだが前科持ちの苦労人、という設定)。演じているのはホンモノの歌手ジョニー・キャッシュという豪勢さ。自分の操縦するセスナ機を墜落させ自分はパラシュートで脱出、乗っていた妻らを殺すのですが、捜査にやってきたコロンボが「殺人課」と知ると、けんか腰で妻との不仲を自ら暴露します。

 トミー「オレの私生活なんてあけっぴろげだよ。刑務所にいたことは誰でも知っているんだ」

 コロンボ「そうです。しかし出所されてからの活躍は、下積みの連中に希望を与えるものです」

 これにグッと来て言葉に詰まるトミー。「いいさ、何でも聞いてくれ」。もう落ちたも同然です。コロンボの見事な「人たらし」ぶりですが、終盤、「これで捜査は終了、でも最後にもう一つだけ」と言ってトミーにワナを仕掛ける場面に、計算ずくでないコロンボの真情があらわれます。トミーの前で、墜落現場の山狩りを指示する電話をかけるのですが(←これがワナ)受話器を手にする直前、ギターをいじっているトミーをながめ〈こんないい人をダマさにゃならんのか…ツラいね〉という面持ちで苦笑いをかすかに浮かべます。そして背を向けて電話をかける――。

 ラスト、観念したトミーを車に乗せカーステレオから彼の歌を流し、「あたしが逮捕しなくてもいずれ自首されたでしょう。これほどの歌が歌える人に悪い人はいませんよ」で締める。泣かせる人情ドラマです。

 ちなみにさっきの名セリフ、原語はどうなっているかというと

「Everybody knows I've done time」(do time =〈俗〉服役する)

「Yes sir. But what you have done since you have gotten out, that's been an inspiration to a lot of people」

 inspirationとは感化・示唆といった意味でしょうか。ここまで踏み込んで訳すとは、さすが額田やえ子さん。「妻」でも「女房」でもなく「カミさん」と訳したのも額田さん。私たちは知らず知らず、とても豊かなものを受け取ってきたのだなぁ、と思います。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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