現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. 映画・音楽・芸能
  4. コラム
  5. 小原篤のアニマゲ丼
  6. 記事
2011年7月11日
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

小原篤のアニマゲ丼

「木を植えた男」を描いた男

文:小原篤

写真:開会式でテープカットをする(左から)フレデリック・バックさん、高畑勲監督、音声ガイドの声を担当した竹下景子さん拡大開会式でテープカットをする(左から)フレデリック・バックさん、高畑勲監督、音声ガイドの声を担当した竹下景子さん

写真:「木を植えた男」原画 (C)Société Radio-Canada拡大「木を植えた男」原画 (C)Société Radio-Canada

写真:「クラック!」原画 (C)Société Radio-Canada拡大「クラック!」原画 (C)Société Radio-Canada

写真:カナダに渡る船で描いた「フードロワイヤン号」 (C)Atelier Frédéric Back Inc.拡大カナダに渡る船で描いた「フードロワイヤン号」 (C)Atelier Frédéric Back Inc.

写真:子ども向け番組のためのイラスト「みにくいアヒルの子」より (C)Société Radio-Canada拡大子ども向け番組のためのイラスト「みにくいアヒルの子」より (C)Société Radio-Canada

写真:展覧会会場に展示されている「木を植えた男」の原画。奥にはオスカー像=東京都現代美術館拡大展覧会会場に展示されている「木を植えた男」の原画。奥にはオスカー像=東京都現代美術館

 それは何となく、高山から下界に降りてこられた聖人さまをお迎えする気分でした。

 7月1日、東京都現代美術館「フレデリック・バック展」開会式に87歳のバックさんご本人が現れるのを、私はエントランスホールに詰めかけた報道陣と関係者の真ん中で、カメラを手に待ちかまえていました。

 毎夏恒例、スタジオジブリ企画制作による都現美の大型企画展です。不朽の名作「クラック!」「木を植えた男」「大いなる河の流れ」を生み2度のオスカーを獲得、高畑勲・宮崎駿両監督にも大きな影響を与えたアニメ界の至宝、フレデリック・バックの業績を約1000点もの原画、スケッチ、イラストでふり返るという大規模なもの。歩行器につかまりながら登場したバックさんは足腰以外はいたってお元気そう。スピーチでは震災と原発事故を抱えた日本人に向け、こんなメッセージを読み上げました。

 「常に学ぶことがあり、発見と驚き、またつくり直すことにも事欠かないこの世界を大切にしてください。みなさんを取り囲む素晴らしくももろい生命が生き延び、未来の世代のために豊かに燦然(さんぜん)と再生するように」。そして無事テープカットを終えると大きくスマイル。私は17年ぶりにご尊顔を拝し、感激でした。

 バック作品に初めて触れたのは大学生の時。色鉛筆やパステルによる絵画が動く驚き、1作につき数万枚の原画をほとんど1人で描き上げるという途方もない手仕事の密度と重み、しかも酷使のため右目を失明とは(正しくは、スプレー定着液が過って目に入ったため、と後に知りますが)。そして1994年、バックさんの「大いなる河の流れ」がグランプリを獲得した広島国際アニメーションフェスティバル。入社4年目でまだアニメ取材に携わっていなかった私は、ただの観客としてパンフレットを手にバックさんに歩み寄り、サインを求めました。平たく大きな手で握手もしてもらい、「これがあの名作を描いた手か」とその柔らかな感触をかみしめました。

 今回の展覧会ではたくさんの絵を通して、バックさんがフランスで美術を学びカナダのテレビ局でセットのデザインなどを手がけるうちにアニメを作るようになった歩みをたどることができます。アニメの原画にグッと目を近づけて見れば、まるでたったいまバックさんの握る色鉛筆がセルの上を離れたばかりのような生々しさ。加えて、グアッシュによるスケッチやイラストも見応えがあります。

 故国フランスから単身、新天地カナダへと渡るトロール船で描いた絵からは、たかぶる魂を感じ取ることができます。カナダでは2年間文通した女性が待っており、初対面から3日後にプロポーズ! そのギレーヌ夫人との新婚旅行は、テントと寝袋を抱えてカナダを横断する貧乏旅行だったとか。山河や草原を活写したスケッチは、澄んだ空気とすがすがしい風を感じるさわやかな色遣いが印象的です。切れ味鋭い風刺画に、洒脱(しゃだつ)なスタイルのイラスト。2010年に描いたという老犬のスケッチの線にはいささかの衰えもなく、今もバックさんは「描くことの喜び」の中に居ることが伝わってきます。

 バック作品を貫くのは自然への愛と、環境保護のメッセージ。かつてインタビューで「私がアニメで作品を作ったのは理由があります。地球環境保護のために何かの役に立ちたかったからです」と語った通り、強いメッセージを込めた作品作りは初めから揺るぎないものでした。展覧会の図録に収められたインタビュー(初出はスタジオジブリ刊「熱風」6月号)でも、「芸術が世の中を変えることはできるのでしょうか?」との問いに「そのために芸術はあるのだと思います」とキッパリ。

 開会式後に話をうかがった高畑勲監督もこう言います。「メッセージを作品の前面に出すのはよくない、という風潮がありますね。『声高にメッセージを叫ぶことなく』といった言い方でほめたりとか。でも前面に出して叫んだっていい。それが大切なことなら。もちろん、作品に力がなければいけませんが」

 バック作品の力は、「木を植えた男」(原作ジャン・ジオノ)が世界的な植樹運動を起こしたことで明らかです。荒れ地を緑に変えた主人公エルゼアール・ブッフィエは残念ながら実在しませんが、バックさんは確かにこの地上にいて、5年半の歳月をかけて「木を植えた男」の2万枚の原画をほとんど独りで描き上げました。その困難で孤独な作業を思うと、作中のこの言葉を書きとめずにはいられません。

 「この不毛な砂漠を豊かな土地に変えたのは、一個の肉体と不屈の精神の力を持つ、たった一人の男で十分だったと考えますと、人間というものはやはり素晴らしいものだと思うのです。私は、神の行いに匹敵する壮大な事業を成し遂げた一人の年老いた農夫に対して、限りない畏敬の念を抱くものです」

 ――でも実は、私が一番好きなバック作品はメッセージ性が比較的奥に引っ込んでる「クラック!」なんです。「木を植えた男」は神々しいまでにほぼ完璧な作品ですが、水と緑を取り戻す前の荒れ果てた土地では人々が憎み合っていた、という一面的な描写がひっかかり(荒れた土地で助け合って生きる人も、豊かな土地でいがみ合う人もいるでしょう?)、荘厳な叙事詩である「大いなる河の流れ」は「神の視点」から語られるかのようで感情移入がしにくいのです。

 「クラック!」は、一つの揺りイスが見守るある家族の物語。にぎやかな結婚式のダンス、おもちゃ代わりにイスに乗って遊ぶ子どもたち、やがて彼らは成長し家を離れていく……。大切に使われていたイスが、壊れてあっけなくポーンと捨てられるのがかわいそうですが、美術館(元は原子力発電所だった建物!)の警備員に拾われ、来館者の人気者に。イスを包み込むように幸せな思い出がよみがえるファンタジックなラストカットは、何度見ても切なく胸に迫ります。

 ある年の広島アニメフェスで、バック作品の多くで音楽を担当するノルマン・ロジェさんが来た時、クロージングパーティーで話しかけました。

 「私は『クラック!』の音楽が大好きです。あのビヨヨンビヨヨンという音、面白いですね」

 拙い英語と、これまた拙い口まねで「ビヨヨンビヨヨン」と歌い出す男に、ロジェさんはにこやかに「あれはジューズ・ハープという楽器の音です。こんな風に口で演奏するんです」と身ぶりを交えて説明してくださいました。

 おっと、オチもヒネリもなくダラダラと長くなってしまったのでこのへんでおしまい。アニメの原画を何万枚も積み重ねるのは偉大な作業ですが、コラムはもっと簡潔にスパッと書かなくちゃ、ね。

    ◇

 「フレデリック・バック展」は10月2日まで。「木を植えた男」「大いなる河の流れ」「クラック!」「トゥ・リアン」の短編4作を集めた特集上映「フレデリック・バックの映画」も、10月2日まで東京の神保町シアターで開催中。

プロフィール

写真

小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

検索フォーム

朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内 事業・サービス紹介