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父子相伝「コクリコ坂から」

2011年7月18日

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写真:宮崎駿さん(左)と吾朗さん拡大宮崎駿さん(左)と吾朗さん

写真:映画「コクリコ坂から」メーンビジュアル (C)2011 高橋千鶴・佐山哲郎・GNDHDDT拡大映画「コクリコ坂から」メーンビジュアル (C)2011 高橋千鶴・佐山哲郎・GNDHDDT

写真:毎朝、旗を揚げる海(メル)。それには父への思いがこもっていた拡大毎朝、旗を揚げる海(メル)。それには父への思いがこもっていた

写真:タグボートで通学する俊はその旗を見ていた拡大タグボートで通学する俊はその旗を見ていた

写真:雑然としたカルチェラタンの内部拡大雑然としたカルチェラタンの内部

 ワタクシは以前、映画「ゲド戦記」のことを「ゲド苦戦記か」なんて記事に書いた前歴がありまして、その宮崎吾朗監督の第2作「コクリコ坂から」について、慎重を期して試写を2回見た上で正直に書くことにいたします(結末にも触れているのでご注意を!)。この映画には、よいところが一つ、悪いところが二つ、とても面白いところが一つあります。

 原作は同名の少女マンガ(高橋千鶴・佐山哲郎作)。脚本は吾朗さんの父・宮崎駿さん(企画も)と丹羽圭子さん。舞台は1963年の横浜。父を亡くし母は長く海外暮らしで、16歳ながら下宿屋を切り盛りする少女・松崎海(メルと呼ばれる)が、高校の新聞部に所属する先輩の風間俊と出会い、文化部の部室が集まった古い建物(通称カルチェラタン)の存続運動や、カルチェラタンの大掃除にかかわるうちに互いにひかれ合うが、俊はメルに、自分たちは異母兄妹だと告げる――という物語です。

 よいところは音楽。全編にわたり、いい歌が効果的にちりばめられています。「上を向いて歩こう」をバックにメルと俊が自転車に二人乗りして急な坂を下るシーンは、自転車の加速減速がメルの初々しいときめきを映し出し、心温まるノスタルジックな音楽とあいまって、この映画屈指の名場面に。そして手嶌葵さんの歌う主題歌「さよならの夏〜コクリコ坂から〜」もまた、切ない歌詞とメロディーが心にしみる名曲です。

 悪いところは、メルと俊の表情や動きが全体的に硬いこと。特に肝心の恋愛絡みの場面で、揺れ動く心が伝わって来ず感情移入がしづらいのです。大仰な芝居を嫌うのは吾朗さんの好みなのでしょうが、結果として「ゲド」と同様の、生気に乏しいアニメーションが散見されたのが残念です。

 もう一つの悪いところは、クライマックスの不発。「異母兄妹」の疑いは、帰国した母がメルに真実を告げ否定されるのですが、物語はその後「晴れて恋人同士になれたことを喜ぶ瞬間」を描かないまま、キレイになったカルチェラタンを理事長に見せて存続が決まる場面、そして、二人の父の共通の友人である貨物船の船長に会いにメルと俊が港へ急行する場面へと続き、そのままラスト、船長に祝福された二人がタグボートで帰るシーンでEND。二人とも真実はすでに知っているのに、特に仲良くなった風でもなく、「この機を逃したら船長に会えない」と何やら切迫した面持ちで港へ急ぐ理由もよく分からず(だってもう真実は分かっているんですから)。観客は焦らされたまま、肩すかしを食った心境になるのではないでしょうか?

 「脚本 コクリコ坂から」(角川文庫)を見ると、映画との違いは、母の証言がもっと早いこと。メルと俊と生徒会長が理事長にカルチェラタン訪問を直訴するシーンの前です。そして、メル「私、母さんにはっきり聞いたの。母さんは風間さんはお父さんの子供じゃないって言ったわ」、俊「……」、メル「本当のことは、母さんも知らないらしいの」というやりとりがあって、辻褄が合っていません(←映画にはこの会話は出てきません)。

 プレス用資料に寄せた丹羽圭子さんの文によると、初期案では起承転結の転が「異母兄妹の衝撃。母に事実を聞き、大掃除で耐えながらすれ違うふたり」、結が「たとえ兄妹でも好きだという気持ちを確認、真実を確かめに行くふたり」とあるので、母が疑いを否定せず父の旧友が真実を明かすプランだったのかも。脚本は、あふれでる宮崎駿さんのアイデアを丹羽さんが原稿に書き起こす形で作られたそうです。文庫のあとがきでスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが書いています。「ぼくは、宮さんと組むはずだった多くのシナリオライターを何人も見てきた。しかし、いずれも、宮さんの頭の回転の速さに、あるいは、その凄まじい“朝令暮改”に、全員が姿を消していった。丹羽圭子は、なぜ、宮さんの後をついて行けるのだろうか」

 私の素人考えではありますが、母の証言を、カルチェラタン存続決定の後にすればよかったのに、と思います。念願だった存続決定の喜びを悲しみと共にかみしめるメルと俊、そこへ母帰国の報、俊には船長寄港の報、家へ港へ走った二人はそれぞれ真実を知り、船上で再会し喜びに浸ってEND。これで悪くないと思うのですがねえ。

 さて、最後の「とても面白いところ」は、この映画が「父から子への継承物語」と読めること。ずばり、宮崎駿、吾朗父子による「セガレが、僕が、ジブリを再生させます!」宣言。どうです、面白いでしょ?

 カルチェラタンに理事長が入る場面で、玄関脇に「志 雲より高く」という垂れ幕が見えます。これ、スタジオジブリの前に立つ碑文の文句。脚本にはないのですが誰のアイデアでしょうか。この碑文を記したジブリ創設者の故・徳間康快氏は、理事長(名は徳丸)のモデルです。古ぼけたカルチェラタン(=ジブリ)を俊(=吾朗さん)らが再生させ、理事長(=創設者)がその継承を承認し祝福するという物語なわけです。船長がメルと俊を彼らの父に成り代わり祝福するのも、同じ構造。この「3人の父」の若き日の写真が物語のカギになっているのですが、思わず邪推してしまいました。「この3人って、宮崎駿さん、高畑勲さん、鈴木敏夫さんなんじゃない?」

 吾朗さんは存廃を巡る討論集会のシーンで俊に、脚本にないこんなセリフを言わせます。「古いものを壊すことは過去の記憶を捨てることと同じじゃないのか!?」。そして文庫版「コクリコ坂から」解説にこう書きます。「『コクリコ坂から』をとおして、僕は過去の中から、未来が生まれるのだということを教えられた気がする」。海に消えた父を思い続けていたメルが俊と一緒に帰途につくラスト、脚本にはこうあります。「海は、父を取り戻し、俊と帰るのだ」

 吾朗さんが名古屋で会見を開くというので、喜び勇んで質問しました。

 「真実を知り喜ぶ二人を描かなかったのはなぜですか?」

 「この映画では、そういうのを全部省いちゃおうと決めたんです。リアクションをじっくり描くことよりも、起きていくことだけをポンポンと、そういうリズムで見せていこうと思った。真実はたぶん港へ走りながらかあるいは船の上で話したか、そういうことはあったと思うが、そこをやると説明的になってしまうと思ったので」

 「カルチェラタンをジブリになぞらえ、親から子への継承物語にしたのは、監督の決意表明ととらえていいのでしょうか?」

 「いや、決意表明というよりも、生まれの運命からは逃れられない、それを受け入れようということだと思う。海ちゃんと俊くんは親たち世代の影響の中で生きていき、運命に突き当たる。それは誰でも同じだろうと。我が身をふり返ると、宮崎駿という父を持ってしまったのは自分の運命だと思って、素直にそれを受け入れていくしかない、というそんな心境になった」

 ふうむ、「生まれの運命」か……。ちなみに、カルチェラタンの内部のデザインはこうやって決まったとか。

 「その時代に建てられた建物として、史実として正しいかどうかとクソマジメにやると絵的に面白くない。そういう時、準備室に偶然を装って現れる宮崎駿という男がいて、『吹き抜けがあって、周りに回廊が』とか言ってくる。『それって千と千尋ではなかろうか』とか『それってジブリ美術館ではなかろうか』と思いつつもそこまで言うなら、と。(背景を描く)美術スタッフの後ろにもその白いヒゲの人がスーッと現れて『もっとこうやれ』とか言う。絵がどれだけ魅力的かを考えて50年やってきた人なので、アドバイスや助言には説得力がある。説得力がある分、脱線もしていくけど」

 いやー、これには驚きました。「ゲド」で吾朗さんに監督を任した理由の一つが「宮崎駿の介入をはねつけられるのは宮崎吾朗しかいないから」であると、鈴木敏夫さんからうかがったものですから。さあ、父から子へ何がどのように受け継がれたのか、ご興味のある方はぜひ「コクリコ坂から」をご覧ください――ってこんな思いっきりネタバレのコラム、未見の方は読まないですよね。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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