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2011年8月1日
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小原篤のアニマゲ丼

残念な男たち

文:小原篤

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 羽海野チカさんの「3月のライオン」最新6巻が出たのでさっそく読んだら、主人公の零くん(高校生のプロ棋士)が「残念な人」になっていました。

 お世話になっている川本家のヒナちゃんが中学でいじめにあっていると知り、彼女の力にならねばと元担任の林田先生に相談するも、零くんが抱えていたのは転校や編入や家庭教師(にかかるカネ)に関する書類の束、対局料を書き込んだ棋戦のトーナメント表、そして電卓。ヒナちゃんのために勝って稼ぐと意気込む零くんを見て先生は「ズレている……この子は何かが大きくズレている」と硬直。零くんがあの書類を持って川本家で演説を始める前に何とかしないと「あの子どん引かれちゃう!!」と焦るのです。

 人とかかわることの苦手な零くんは、「僕はいつだってこうだ 自分の事ですぐいっぱいいっぱいで 自分以外の人の優しさとか強さとかさみしさとか ぜんぜん…本当にいつも気付けなくて」と自覚はしているのですが、自分から動き出すとズレに気づかないまま空回り、「残念な人」になってしまいます(6巻後半で持ち直してますけど)。

 「残念な人」と言えば、柳原望さんの「高杉さん家のおべんとう」の主人公ハルくんも。地理学専攻のオーバードクター(後に助教に)の30男ハルが、親を亡くした中学生の従姉妹・久留里を引き取ることになり、極端に無口で他人に心を開かない久留里とお弁当や料理を通じて距離を縮めていく、という物語ですが、ハルは2巻の「焼きおにぎり」を題材にしたお話で、久留里のことが好きな同級生マルの「弁当には焼きおにぎりよりフツーのおにぎりがいい」という発言のウラの意味にまったく気づかず。この話でハルは、作者の友人や編集者から「残念な人」認定されたそうです(あとがきより)。

 実はハルのことが好きな久留里に当てつけて、焼きおにぎりって特別な感じがするけど時間が経つと冷めちゃってイマイチだからフツーのおにぎりの方がいいな、てなことをマルは言います。つまりは「一時の憧れはいずれ冷める。フツーの恋をしろ、オレの方を向け」の意。その場にいた久留里も同級生のなつ希もピンと気づくけど、ハルは「まあそう言わずに、せっかく作ってくれたんだから」。前提となっている久留里の気持ちにもさらさら気づいてないのですから仕方ありません。さらに後日「冷めてもおいしい焼きおにぎりの作り方」を久留里に得意げに演説し「……………バカ」とあきれられます。ああ残念な人。

 そのほか、久留里がクラスで浮いてると聞けば「お弁当のおかずを一品からもっと増やさなければ」と張り切り、家族のつながりについて悩むと「つながりで検索したら何か出てくるかな…?」とケータイをいじり、久留里と血がつながっていないと知り彼女との絆をどう結び直すべきかと考えた結果が「地域共同体の成立とその継続についての一考察」という論文を書き上げ久留里相手に「共同体とは対面的な人間関係の中で共住する集団であり共属意識及び帰属意識が中核として存在しています」うんぬんかんぬんと長広舌(結局は、爆睡してた久留里の「家族」という一言でケリがつきます)。

 人間関係において、ハルは受信力はないが発信力――というより発信意欲はあり(なのでズレて突っ走って空回り)、久留里は受信力はあるが発信力がなく(なので気持ちをため込んでしまって人付き合いが疲れる)、その断崖をつなぐのが言語によらないコミュニケーションである「食」、というのがこの物語の構造です(なんて理屈をこねるとハルっぽいかな?)。なつ希の祖母が久留里に「お料理で大切なこと」は(1)想像力(2)動く力(3)行きあたりばったり力、と語りますが、これもまたコミュニケーションに通じるお話ですね。

 さて「残念な人」がいき過ぎるとどんなことになるか? 水城せとなさんの「失恋ショコラティエ」は、それをとことん突き詰めて描いているように思います。主人公の爽太は、自分を振ったサエコ(←オトコ好きでチョコ好き)を振り向かせるためパリに渡ってショコラティエとなり、一流の腕を磨きオシャレな店を持ちマスコミに王子と騒がれても、人妻となったサエコになおドロドロの未練を引きずり、その執着と情念をエネルギーにして最高のチョコ作りに突っ走ります。自虐の泥沼、いやチョコレート沼?をのたうつような恋愛。とびきりの甘さと苦さが複雑な層をなす繊細で濃厚な味わいは、まさに最上級チョコレートです。

 サエコからのメールを見て「女の子ってなんでこう返事のしにくいメールしてくんだろ YES・NOとか『それはこうだよ』って答えられる用件ならすぐ返事できるんだけどさあ」などとボヤく爽太には、恋の駆け引きなんてものは土台ムリじゃないかという気もしますが、それでも「悪い男」を演じて彼女の気を引こうと、ワザと冷たいそぶりを見せたりセックスフレンドを作ったり。3巻でサエコに「デート」に誘われるものの、「彼女はオレのことオトコとして見てない」という思い込みからサエコの発するシグナルをことごとく逆に受け止め、卑屈に落ち込んでいく。ああ残念な人。

 さらに、一緒に働く薫子が寄せる思いにはまるで気づかず恋愛に興味がない人と思い込み、「あー 薫子さんはくだんない相手に片想いなんてまずしなそうだよねー」とか「でもさ たとえばバカみたいな片想いでもそういうのあると感性も磨かれて全てがイキイキするよ 俺 薫子さんにももっとキラキラしてて欲しいなって思うんだ…」と言ってのけます。悪意のなさが罪作り、無神経というレベルを超えた鬼畜発言の数々。「残念な人」を、魔改造というか悪魔系に進化させるとこうなるのかというオソロシイ見本ではないでしょうか。

 オンナ向けのマンガに比べたらオトコ向けのマンガなんて、あらすじしか描いてないようなものよ(オンナが描くマンガに比べたらオトコが描くマンガなんて、だったかな?)と、どこかで誰かが言っていたのを読んだ記憶がありますが、つまりは、雑駁(ざっぱく)なオトコの世界には複雑微妙な心理や繊細なコミュニケーションの綾が足りないということなのでしょう。上記のマンガはどれも、女性作家が「残念な男」をイジって、慈しんで、楽しんでおります。

 オトコの世界とオンナの世界は違うもの、と言ってられないのが、共に暮らす夫婦関係。実践編として青沼貴子さんの新刊「夫とふたりでもうまく暮らすコツ」について語ろうと思いましたが、長くなったので今回はこのへんで。でも「子育て終了後の夫婦って、一体何を話せばいいのやら…?」がテーマのこの本、カミさんが新聞広告を指さし「読みたいな」と言ったのですが、わが息子はまだ9歳。

 ……これは、なにかのシグナルなのか?

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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