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2011年8月8日
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小原篤のアニマゲ丼

喪失を抱きしめて

文:小原篤

写真:7月31日に開かれた「片山雅博さんを偲ぶ会」に飾られた遺影拡大7月31日に開かれた「片山雅博さんを偲ぶ会」に飾られた遺影

写真:雪駄履きの加藤久仁生さん(左)と南正時さん=偲ぶ会で拡大雪駄履きの加藤久仁生さん(左)と南正時さん=偲ぶ会で

写真:偲ぶ会では片山雅博さんのアニメ作品の原画も展示された拡大偲ぶ会では片山雅博さんのアニメ作品の原画も展示された

写真:写真を映しながら故人の思い出を語る拡大写真を映しながら故人の思い出を語る

写真:トレードマークのブレザーを着た片山雅博さん=なみきたかしさん提供拡大トレードマークのブレザーを着た片山雅博さん=なみきたかしさん提供

 訃報があまりに多くて心が沈みます。この1年ほどで、マンガ・アニメ・特撮関係で弊紙に載ったものだけでもこの通り(日付順)。

 田代敦巳さん(グループ・タック社長・音響監督、昨年7月死去)、川本喜八郎さん(人形美術家・人形アニメーション作家、8月23日死去)、今敏さん(アニメ監督、8月24日死去)、瀬尾光世さん(アニメ監督、8月24日死去 ※紙面には載らず)、本橋浩一さん(日本アニメーション社長、10月26日死去)、首藤剛志さん(脚本家、10月29日死去)、野沢那智さん(声優、10月30日死去)、西崎義展さん(プロデューサー、11月7日死去)、飯田馬之介さん(アニメ監督、11月26日 ※紙面には載らず)。

 今年に入って、片山雅博さん(多摩美術大教授、2月12日死去)、村野守美さん(マンガ家、3月7日死去)、中島徹さん(マンガ家、3月26日死去)、出崎統さん(アニメ監督、4月17日死去)、宇野誠一郎さん(作曲家、4月26日死去)、相原信洋さん(アニメ作家、4月30日死去)、中村光毅さん(アニメ美術監督、5月16日死去)、川上とも子さん(声優、6月9日死去)、竹内博さん(特撮映像研究家、6月27日死去)、小林修さん(声優、6月28日死去)、和田慎二さん(マンガ家、7月5日死去)、芦田豊雄さん(アニメ監督・プロデューサー、7月23日死去)、小松左京さん(作家、7月26日死去)。ふう……うっかり大事な方を書き漏らしていたらスミマセン。

 このうちほぼ6割が、私が訃報を書いたか、私が公式または非公式な情報を得て東京本社の担当者に連絡したもので、やはりほぼ6割が面識のある方。ウラを取って訃報を出すのも記者の大事な務めとは言いながら、受け止める側も正直、心がしんどいものであります。

 個人的に特にこたえたのが、川本喜八郎さん(以前本欄で書きました)、そして片山雅博さん。1998年の広島国際アニメーションフェスティバルで初めてお会いし、まだロクにアニメの記事を書いていないというのに日本アニメーション協会に誘って下さったのは片山さんでした。「アニメも作ってない私みたいなのが入っていいんですか?」と聞くと「もちろん!!」。その力強い言葉に気圧されてというか背中を押され、入れてもらいました。

 協会の集まりや広島フェスや海外のアニメ作家を囲むパーティーなどで、いつも人の輪の中心にいるのが片山さん。そのでっかい声とでっかい体には、誰も彼も引きつける引力がありました。文化庁メディア芸術祭やインターカレッジアニメーションフェスティバルなどのイベントなどで、べらんめえ口調の江戸弁(「ひ」の発音が「し」になる)でジョークと毒舌を連発する名司会ぶりに接した方も多いことでしょう。そうした折に片山さんはたいてい、アニメやマンガのキャラクターバッジをびっしりつけたブレザーを着て登壇し、「えー、こんな格好をしておりますが、決して怪しい者じゃございません」とかなんとか切り出して、場をつかみます。私も、とある取材でもらったピンバッジを「よかったらこれも仲間に入れてください」とプレゼントしたことがありました。遺品となったあのブレザーの端っこで、今も光っているかも知れません。

 1955年、東京生まれ。アニメ作家、イラストレーター(似顔絵の名手!)、日本漫画家協会事務局長、日本アニメーション協会常任理事・事務局長、広島国際アニメーションフェスティバル実行委員、多摩美術大学グラフィックデザイン学科教授(教え子からアカデミー賞受賞者を出す名伯楽!)と、経歴を並べればいろいろ肩書はありますが、私にとってはアニメ界(細かく言うならいわゆる「アートアニメ」の世界)の顔役、看板、名物男。そのご本尊の川本さんに加えて片山さんまでいなくなると、何だか観音様と仁王様がいなくなった浅草寺のような(片山さんは、ほてい様のような体形でしたけど)、三蔵法師様と孫悟空が出てこない西遊記のような(猪八戒のような体形でしたけど)……。

 7月31日に開かれた「片山雅博さんを偲(しの)ぶ会」には、和田誠さんや高畑勲さんや山村浩二さんや片渕須直さんや小田部羊一さんや、そのほかたくさんの人が集まりました。スピーチの中で印象深かったのは、「つみきのいえ」でアカデミー賞を受賞した教え子の加藤久仁生さんでした。

 「この喪失感がいつまで続くのか、よく分かりません。このままずっと死ぬまで残るのか、先生の死が自然に日常になじんでしまうのか、個人的に興味があり、楽しみでもあります。仕事場の机の上に先生の遺影が飾ってあって、これがどっから見ても先生が自分の方を見ている気がしてキモチ悪くて、替えようと思うんですけど、でも、先生が日常の中にどっかしらいるということを忘れずに、生きていきたいと思います。ありがとうございました」

 加藤さんはこのとき雪駄履き。片山さんと南正時さん(鉄道写真家でアニメーション協会会員)と3人で昨年12月、寅さんゆかりの地を訪ね歩く柴又旅行に行った時、寅さん仕様の雪駄を買おうとしたら手持ちのお金がなくて、片山さんに借りて買ったそうです。「形見」とは違うけれど、まあ「形見」のようなものなのかもしれません。

 片山さんを偲ぶ会に片山さんがいないのは当たり前ですが、「片山さんがいればなあ」とものさびしく思う方が多かったのか会場は超満員なのに立食の料理が余ってしまいました。あ、片山さんが食べなかったせいかも。

 片山さんのいないパーティー、片山さんのいないイベント、片山さんのいないアニメーション協会の集まり、片山さんのいない広島フェス……片山さんのいない世界を、そして様々な方が去っていってしまった世界を、私も喪失感を抱きしめて(加藤さんは雪駄で踏みしめて、かな?)生きていくしかありません。そこは、たくさんの人が才能と努力を注ぎ込んで残してくれた世界なんですから。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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