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2011年10月3日
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小原篤のアニマゲ丼

時のつながり 時の重み

文:小原篤

写真:「マイブリッジの糸」から (C)2011 National Film Board of Canada/NHK/Polygon Pictures拡大「マイブリッジの糸」から (C)2011 National Film Board of Canada/NHK/Polygon Pictures

写真:「マイブリッジの糸」から、ピアノを弾く母娘 (C)2011 National Film Board of Canada/NHK/Polygon Pictures拡大「マイブリッジの糸」から、ピアノを弾く母娘 (C)2011 National Film Board of Canada/NHK/Polygon Pictures

写真:山村浩二監督=2010年12月撮影拡大山村浩二監督=2010年12月撮影〈山村浩二監督の作品を検索〉

写真:「緑子/MIDORI−KO」から (C)2010Keita Kurosaka/Mistral Japan拡大「緑子/MIDORI−KO」から (C)2010Keita Kurosaka/Mistral Japan

写真:「緑子/MIDORI−KO」から、アパートの住人たち (C)2010Keita Kurosaka/Mistral Japan拡大「緑子/MIDORI−KO」から、アパートの住人たち (C)2010Keita Kurosaka/Mistral Japan

写真:黒坂圭太監督=2011年9月撮影拡大黒坂圭太監督=2011年9月撮影

 アートアニメーションというのはぜいたくなものです。ひとりの作家のウン年分の汗と涙を、数分とか、せいぜい数十分で食らい尽くしてしまうんですから。だからこそ、技量と情熱を注ぎ込んだ濃さと重さがたまらない魅力となるわけです。

 その一方で、映画祭などの機会以外で公開されることが少ないのがなかなか悲しいところなのですが、めでためでたやありがたや、ちょうどいま、脂の乗った2人のアニメ作家の新作が堂々と劇場で公開されています。山村浩二さんの「マイブリッジの糸」と、黒坂圭太さんの「緑子/MIDORI−KO」。かたや、時空交錯する精妙なる迷宮、かたや欲望一点突破の猥雑(わいざつ)な大伽藍(がらん)。共に、影と毒を帯びた描線がゆらめく不思議の世界です。

 「頭山」「カフカ 田舎医者」の山村監督がカナダ国立映画制作庁(NFB)と共同制作した「マイブリッジの糸」は、10月7日まで東京・恵比寿の都写真美術館ホールで公開されています。19世紀後半、走る馬の姿を連続写真でとらえ、映画の発明やアニメーションに影響を与えた写真家マイブリッジと、現代の東京に生きる母娘。両者に流れる時間を並行して描きつつ、あるかなきかのつながりを浮かび上がらせるという詩的な構成です。

 連続写真を撮る仕掛けは、走る馬の前に何本も糸を張り、馬の脚が糸を切るたびにコース脇に並べたカメラのシャッターが切れるというものですが、手前から奥へ何本もの糸が並ぶ様は「これから切り取られる未来」を視覚化したようで、面白いビジュアルです。そして馬の連続写真はその「切り取られた過去」。それをつなげて映し出せば映画(=アニメ)になり、スクリーンの上で時間が逆行し過去が再生される。なるほど、映画(=アニメ)によって、時はさかのぼったり反復したりできる、と言いたいのでしょうか。

 マイブリッジは妻の愛人を射殺し、懐中時計を海に投げ捨てる。別の時間を歩み出そうとするその姿が、方舟のノアに重ね合わされます。一方、現代の東京に生きる母が魚の腹を裂くとマイブリッジの時計が出てきて、母娘の新たな時間を刻み出し、成長していく娘の姿は決してとどまることのない時の流れを示します(子の成長を見て「昔はもう戻らない」と感じるのは親なら誰でも経験があるはず)。

 しかし、母娘の時間ももしかしたら逆行や反復が可能なのでは? 画面上の母娘は、実はいつの間にか次の世代の母とその娘に入れ替わっていて、遺伝子が模倣・反復されているのでは? そもそもコマとコマに分割された存在に「時の流れ」などあるのか、時の流れを模倣したに過ぎないのではないのか? とまあ、いろいろむつかしいことを考えさせるアニメです。

 使われている音楽はバッハの「蟹(かに)のカノン」。カノン(追復曲)というのは一つの旋律を模倣し展開する楽曲形式ですが、「蟹のカノン」はさらに、逆さまから演奏しても同じ曲になるという回文みたいな曲です。ちなみに、NFB制作の過去の名作を併せて上映するBプログラムを選びますと、ノーマン・マクラレンの「カノン」(1964年)ほか、山村監督がインスピレーションを受けた作品が見られて、「マイブリッジの糸」がどういう時のつながりから生まれたものかに思いをはせることが出来ます。

 黒坂監督の「緑子」は、東京・渋谷のアップリンクXで10月7日まで公開中。色鉛筆のうねうねぐねぐねした線がつくり出す悪夢的世界にどっぷりひたることができます。朽ちかけた商店街の秘密研究室で生まれた「究極の食物」MIDORI−KO。瓜のような赤ん坊のようなそのヘンテコな生き物(食い物)を農学生ミドリが拾ってこっそり育てるが、アパートの住人(魚やカエルみたいな頭の怪人)たちが「それを食わせろ」と押しかけて、堆肥工場と銭湯が合わさったような魔窟(まくつ)的なアパートを舞台に欲望むき出しの争奪戦が繰り広げられる、というお話。

 いやもう、食い気だけで生きてるような連中が、かじってしゃぶって飲んで吐いて、盛大に食らい、盛大に出します。祝祭的にドカンと空へぶっ放します。フェティッシュでスカトロとは、こんな生命賛歌も珍しい、と思って監督にたずねたらそのお答えの強烈なこと。

 「私は食べるのが大好きで、そして排泄(はいせつ)するのも大好きなんです。蓄積させてギリギリまでガマンしてドン!と出すのが爽快(そうかい)で。例えばベートーベンの音楽。あれはためてためてこれ以上ないところまで圧縮してエネルギーを解放する。その爆発するダイナミズムが魅力。ためこんだものを解放する、というのは自分の創作という行為にも通じる。私はいつも締め切りギリギリにならないと仕事が進まないたちで、その言い訳みたいですけど」。聞くところによると、晩ご飯が繊維質の多い料理だったりすると「これで明日は快便できる!」という喜びに満たされるとか。恐れ入りました。

 「マイブリッジの糸」は7年がかりで出来上がった12分の作品。「緑子」は10年がかりで完成させた55分の作品です。作家のいろんな思いが凝縮した濃密な時間を、ぜひご堪能(たんのう)ください。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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