現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. 映画・音楽・芸能
  4. コラム
  5. 小原篤のアニマゲ丼
  6. 記事
2011年10月17日
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

小原篤のアニマゲ丼

「白浪男」だゴレンジャー

文:小原篤

写真:10月16日のGLOBE(グローブ)。「B」の字をレッドキングが持ち上げている拡大10月16日のGLOBE(グローブ)。「B」の字をレッドキングが持ち上げている

写真:今回の記事の参考にと本棚から引っ張り出してきた本。貴重な証言やデータを記録して下さった方々に感謝拡大今回の記事の参考にと本棚から引っ張り出してきた本。貴重な証言やデータを記録して下さった方々に感謝

写真:石ノ森章太郎原作のテレビ作品第1話を集めた「石ノ森章太郎 生誕70周年DVD−BOX」(東映)も参考に。買っておいてよかった拡大石ノ森章太郎原作のテレビ作品第1話を集めた「石ノ森章太郎 生誕70周年DVD−BOX」(東映)も参考に。買っておいてよかった

写真:坂田兄妹がナックル星人に殺される話を収録した「帰ってきたウルトラマン」DVD第10巻(バンダイビジュアル)拡大坂田兄妹がナックル星人に殺される話を収録した「帰ってきたウルトラマン」DVD第10巻(バンダイビジュアル)

 昨日(10月16日)の弊紙朝刊、楽しんでいただけましたでしょうか? 新日曜版「GLOBE」で3ページにわたって特撮ヒーローを特集し、私も執筆者の1人として特撮の歴史を概観する原稿を書きました。

 1ページ目はバルタン星人がでっかくフォフォフォのポーズを決め、2ページにはダダとジャミラとゴーカイジャーと仮面ライダー1号とフォーゼが並び、3ページ目にはカネゴン、ガラモン、ゴジラにウルトラマンなどなど。ビジュアルが初期ウルトラにだいぶ偏っていますが、選んだのは私じゃありません。のさばる円谷や東映に比べ、ピープロ作品が「マグマ大使」のちっちゃな写真1枚だけで、今アツい「ザボーガー」も「スペクトルマン」も「ライオン丸」もなくてファンの皆さんすみません。

 始まりは1本の電話から。8月、GLOBE担当のMデスクが「特撮ヒーローの特集をやりたいが、どんなネタができそうなのかお知恵を拝借したい」というので、「この電話でよければ今しゃべりますよ」と「東映とバンダイのマーチャンダイジング連携技」や「米国での戦隊シリーズ人気」や「特撮アクションと時代劇の関係」や「イケメン俳優の登竜門」など、思いつくままにあれこれとしゃべったら、「たいへん参考になりました。つきましては小原さんにも1本原稿を」。あれれ、気楽なネタ出しだけのつもりが思わぬ仕事を引き受けることになりました。

 「地熱発電ルネサンス」や「海運大競争時代」といったグローバルなイシューをクールでスタイリッシュな紙面で展開するGLOBEが、カイジューなんかとたわむれてていいんかな?と思いましたが、「ビジネス」と「海外展開」という要素があれば柔らかい題材もオッケーなんだそうで、私のおしゃべりもそうなると役に立ったわけです。

 取り上げようとしたキッカケも、GLOBE編集部のS記者(30代女性)がライダーごっこに興じる甥っ子を見て「特撮ヒーローって今も人気なんだー」と思ったからとか。某アニメ監督の言う「ネタは半径3メートル以内に転がっている」法則が、こんなところでも発動していたとは。まあ、それが普通ですよね。「セブンの息子ウルトラマンゼロの母親は誰か?」とか「フォーゼのあのデザインはライダーとしてアリなのか?」とか「ザボーガーはダサくないとザボーガーじゃないのか?」とか、「特撮」と聞いてそんなものが真っ先に「熱いトピック」として思い浮かぶような人は普通じゃないのです。

 さて、私の仰せつかった原稿は、特撮の歴史を1500字程度でまとめるというもの。事項の羅列でなく「へー」と驚く面白いウンチクを織り込んで、というオーダー。隣に作品年表を並べるというので、個々の作品に触れることにはこだわらず、元祖特撮スターと言うべき尾上松之助の忍術映画から始めて、「5人そろってゴレンジャー」と名乗ってポーズを決めるのは歌舞伎の「白浪五人男」がモデルであるとか、トランポリンを使った仮面ライダー独特の宙返りは東映京都撮影所の忍者映画に源があるとか、そんなネタをつないでエイヤッと100年の歴史を1500字にまとめました。

 「パワーレンジャー」(戦隊シリーズの海外版)を取り上げた2ページ目の記事に、名乗りと決めポーズが理解できない米国人の「だって、いちいち名乗っていたら撃たれてしまうじゃない」というもっともなツッコミが載っていたりして、ほかの原稿ともうまく呼応したのではないかと思います。

 私は1967年生まれ。3、4歳で「仮面ライダー」(71年)にハマり、「ウルトラマン」(66年)や「ウルトラセブン」(67年)は再放送で何度も何度も見て(でも66年の「ウルトラQ」はモノクロなので再放送にかからず見たのは大人になってから)、「帰ってきたウルトラマン」(71年)にも夢中でしたが主人公・郷秀樹を温かく見守ってきた坂田兄妹が惨殺されるという展開が大ショックで(ナックル星人めぇぇぇ)以後のウルトラシリーズに愛着が持てず、ライダーシリーズは「ストロンガー」(75年)まできっちり付き合い、鏡の前で「ミラーマン」(71年)の変身ポーズを真似し、「超人バロム1」(72年)のメカのおもちゃで遊び、「レインボーマン」(同)の替え歌を愛唱し、「人造人間キカイダー」(同)のレコードを買い、「変身忍者嵐」(同)はマンガ版も愛読し、「流星人間ゾーン」(73年)にゴジラやキングギドラが出てきてビックリし、「ロボット刑事K」「イナズマン」(同年)、「電人ザボーガー」「宇宙鉄人キョーダイン」(74年)と浴びるように70年代特撮ヒーロー黄金時代を満喫して、「秘密戦隊ゴレンジャー」(75年)には「ヒーローがたくさん!」という新鮮さを感じましたが、それでも「アクマイザー3」(同)を経て「超神ビビューン」(76年)の頃には徐々に熱も冷めていき、とどめは「快傑ズバット」(77年)。ヒーローもののパターンの美学を「やりすぎ」レベルまで徹底して、カルト的な笑いの世界に突入したこの怪作を味わったら、もはやほかのヒーローものはぬるくて甘くて……。というわけで、「ズバット」あたりを最後に私は特撮番組を「卒業」しました(そしてアニメにグッとシフト)。平成ウルトラシリーズから仕事がらみもあって「再入学」を果たし、小4の息子が戦隊やライダーにたいしてハマらないまま「卒業」してしまったのにオヤジは今でも「仮面ライダーフォーゼ」「海賊戦隊ゴーカイジャー」(2011年)をせっせと録画して見ているというのが、約900字でまとめた私的特撮40年史です。

 GLOBEの原稿の末尾にも書きましたが、特撮ヒーロー全盛の70年代半ばって今より子どもが1000万人も多かったんです。私もそのウジャウジャいた子どもの1人。どストライクの年齢であの時代を楽しめたのは、幸せというものです。

プロフィール

写真

小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

検索フォーム

朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内 事業・サービス紹介