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2012年1月16日
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小原篤のアニマゲ丼

犬でも分かる押井守「犬・鳥・魚」講座その1

文:小原篤

写真:押井守監督=2011年11月撮影拡大押井守監督=2011年11月撮影

写真:「イノセンス」DVD(ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン)拡大「イノセンス」DVD(ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン)〈DVD「イノセンス」を商品検索〉

写真:「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」DVD(バンダイビジュアル)拡大「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」DVD(バンダイビジュアル)〈DVD「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」を商品検索〉

写真:新装版「とどのつまり…」(徳間書店)拡大新装版「とどのつまり…」(徳間書店)

 前から押井守作品の解釈について、とある自説を酒の席で友人らに開陳していたのですが、中身に少々差し障りがあるので公に書くことはないかも、と思っておりました。「犬・鳥・魚」という押井さんが好む3大象徴から作品を読み解くものなのですが、「堕胎モチーフ」と私が呼んでるあるパターンについて触れざるを得ず、それはちょっと自粛すべきかな、と……ここまで書けば、カンのいい方はそろそろ何が差し障りなのかお気づきになるかも知れません。

 「犬・鳥・魚」解釈なんて押井作品を何度も見てる人ならだいたい分かっているコトだろうし、わざわざまとめて書かなくても…などと思っていたのですが、昨年末に出た月刊アニメスタイル第5号で、押井監督の映画「イノセンス」(2004年)について弟子の神山健治監督(「東のエデン」「攻殻機動隊SAC」シリーズなど)が語るのを読み、基本の筋書き部分が誤解されているのにショックを受けて、「やっぱりちゃんと書いとこうか」という思いに至りました。押井作品を見てない方にはナンノコッチャ?な内容になるかも知れませんが、許してね。

 本題に入る前に神山さんの「誤解」とは何だったかというと、「イノセンス」で主人公バトーがロクス・ソルス社のプラント船に乗り込んだ時、ガイノイド(少女型アンドロイド)の大群が襲って来たのは同社が差し向けたから、というもの。「刑事が乗り込んだらいきなり全力で武力行使って、普通の会社じゃオカシイでしょ」というのが神山さんの指摘ですが、アレはハッカーのキムがプラントの警備主任の電脳を介して仕込んでおいたウイルスが、キムの死亡と同時に発動して(その証しが、モニターに幾つも浮かぶ「生死去来〜」の文字と、プラントを統べる電脳さんたちの「ウイルスだ!」「阻止しろ!」といったセリフ)ガイノイドの製造ラインを勝手に動かし、暴走したガイノイドたちがロクス・ソルスの警備員やバトーや素子たちを襲いまくる、という筋書きなのです。だから警備員もバンバン殺されてます。

 あのシーンで疑問にすべきは、暴走していたガイノイドたちがなぜ、素子のハッキングによってプラント船の制御システムが制圧されたと同時に暴れるのを止めたか、です。ガイノイドたちは船のコントロールから外れていたはずですから、つじつまが合わないですよね? 初見以来、解けないナゾです。神山さんは、この描写があるために誤解したのかも知れません。まあ「犬・鳥・魚」解釈とは直接カンケーないんですけど。

 さてでは本題、「犬・鳥・魚」の意味を知ると押井作品はこんなに面白い!ということを皆さんに知っていただこう――と思いましたが、ここで「鳥に対応する概念は機械、言語、神などであり――」などと始めると、ますます普通の読者を置いてけぼりにしそうなので、「犬・鳥・魚」講座というタイトルに反してそこはすっ飛ばしまして(おいおい)問題の「堕胎モチーフ」について、先に語ることにいたしましょう。

 細長く暗くジメジメしたところのその奥に、生物的な(まがまがしい)存在がいて、それを潰す。潰した時に強調されるのは、血と内臓、何本もの脚(のようなもの)といったイメージ。これが押井作品に繰り返し登場する「堕胎モチーフ」です。生き物の生々しさとまがまがしさが多足生物というイメージで表現されているのは、若き押井監督が賛嘆した映画「エイリアン」(1979年)の影響では?と推測しています。

 例えば「イノセンス」は冒頭、バトーがジメジメした狭く暗い通路の先で、生首を赤子のように抱くガイノイドを退治します。ガイノイドは撃たれる直前みずからハッチを全開し多足生物のようなフォルムとなり、中から内臓?が飛び出します。「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」(1995年)では冒頭、ワイヤにぶらさがった素子が外交官を射殺、アバラ骨が多足生物のように開いて血にまみれます。飛び降りる直前に素子がバトーにわざわざ「生理中なの」と告げるのも、物語上の必然はありませんが象徴的にはつながっています。同作の終盤では、半ば水没した博物館で多脚戦車を倒します。飛び散る臓物のイメージは、素子の腕がちぎれる描写です。

 まだまだあります。映画「機動警察パトレイバー」(1989年)は冒頭、森の奥に潜む自衛隊の4脚レイバーが攻撃され穴だらけに。その中身は一見からっぽ(操縦席は無人)ですが、ウイルスという恐るべき胎児が潜んでいた、という具合に物語が進みます。洋上プラットホームの名は生物の種を守る「方舟」。東京湾という子宮に浮かぶ胎児である方舟はまた、その体内にレイバーという胎児をはらみ、レイバーはウイルスという胎児を宿す、という入れ子構造。暴風雨の夜(ジメジメして暗い)、方舟は解体され骨だけになり、「堕胎モチーフ」が成就されます。

 「パトレイバー2」(1993年)も、冒頭でジメジメしたジャングルの中で多脚レイバーが倒れ、終盤の戦闘は水の流れる地下通路の先にいる多脚砲台ロボットを掃討します。押井さんが脚本を担当した「人狼 JIN−ROH」(2000年)冒頭も、下水道の中で少女が自爆し、壁には血のりとちぎれたワイヤ。「天使のたまご」(1985年)は、テーマそのものが「堕胎」のハナシですね。

 というわけでまだまだありますが、キリがないのでまたいずれ。ご興味がありましたら作品を見返して探してみてください。

 押井作品を見続けるうちに、「主人公の男は犬、大人の女は魚、少女は鳥だよなあ」などと作中にちりばめられたアレコレの「犬・鳥・魚」分類表が私の頭の中でできていきました。しかしその3者を結ぶ構造は何か? それを解くカギをくれたのは、押井さんが原案・絵コンテ、森山ゆうじさんが作画を担当したマンガ「とどのつまり…」(連載1984〜85年)でした。絶版で長く未読だったのですが、古書店で買って読んでみたらまさに「ユリイカ!」という気分でした。

 人口が激減した近未来、社会の敵とされる「未登録児童」を拾ってしまい、女の待つアパートにそのかわいくない女の子を連れ帰ったアニメーターが主人公(顔はどう見ても押井さん)。ストーリーは現実と夢が交錯する自分探し不条理SFのようなものですが、私が作品全体からかぎとったのは、「アパートで自分を待ってる女と子供」への強迫観念的な恐怖。コレをカギにして、反復されるモチーフを読み解いた結果が「堕胎」(いやな命名ですけど)なわけです。

 作り手のプライベートな部分から作品を解釈するのは、時に安直であり見誤る危険を伴いデリカシーに欠ける部分もあるのですが、私としてはある時期の監督を現実に襲っていた(と推察する)強迫観念と逃避願望が、時間を経て形を変え、「堕胎モチーフ」に固着したのだろうと解釈しました。押井監督がそれを意識しているかどうかは分かりませんけど。押井さんの好きな聖書になぞらえれば、「犬・鳥・魚」とは押井さん(の分身)を中心とした聖家族(ヨセフとマリアとイエス)とも言えるでしょう。

 ちなみに「とどのつまり…」ラストで、主人公が「このチビ(女の子)は一体何なんですか?」と問うと、「カントク」と呼ばれるオッサンが「おまえの(『現実』という物語に必要な)『動機』だ!」と答えます。動機、つまり「モチーフ」ですね。

 さてそれでは次回は、本当に「犬でも分かる『犬・鳥・魚』講座」をお送りします。例えば「イノセンス」冒頭で、ガイノイドが生首を赤子のように抱いているのは「犬・鳥・魚」理論からは必然なのです(ホントです)。そのほか、作中でよくガラスが割れる意味とは?とか、「カメ」と「飛行船」の共通性とは?とか、押井作品が面白いほどよく分かる内容になるはずです(ホントかな)。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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