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2012年1月30日
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小原篤のアニマゲ丼

「犬・鳥・魚」講座その3 窓が割れる理由

文:小原篤

写真:「アヴァロン」公開時にインタビューした押井守監督。実はこの時、私の描いたある絵を手にして笑っているのです=2000年撮影拡大「アヴァロン」公開時にインタビューした押井守監督。実はこの時、私の描いたある絵を手にして笑っているのです=2000年撮影

写真:これがその絵。以前にも本欄で紹介しましたが、犬を寄せ集めて押井さんの顔にしただまし絵です拡大これがその絵。以前にも本欄で紹介しましたが、犬を寄せ集めて押井さんの顔にしただまし絵です

写真:DVD「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(東宝ビデオ)拡大DVD「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(東宝ビデオ)〈「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」を検索〉

写真:DVD「機動警察パトレイバー2 the Movie」(バンダイビジュアル)拡大DVD「機動警察パトレイバー2 the Movie」(バンダイビジュアル)〈「機動警察パトレイバー2 the Movie」を検索〉

 読者をほとんど顧みず、悪ノリして続けてきた「押井守が面白いほどよく分かる『犬・鳥・魚』講座」。今回はまず、初期の代表作「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(略称BD)を読み解くところから始めましょう。

 ズバリこれは、〈鳥=ラム〉と〈魚=夢邪鬼〉が結託して出来上がった閉じた世界を〈犬=あたる〉がぶち壊す物語。おさらいしておきますと、〈鳥〉と〈魚〉が結びついて危機に陥った世界に〈犬〉が現れ〈鳥〉と〈魚〉を分離(除去)して平安を取り戻そうとする、というのが押井作品の基本構造であり、その陰にはある時期の押井監督が抱えていた「アパートで自分を待つ妻と娘から逃げたい」という願望が塗り込められているんじゃないか、というのが私の「犬・鳥・魚」理論のキモです。

 ラムはもともと、空飛ぶ少女という鳥属性を持ちながら、グラマーな肢体を常にさらすオンナであり、テンちゃんに対しては時に母のように振る舞うという魚属性を備えており、鳥と魚の結びついた「不吉なヒロイン」の資格を持っています(前回の本欄参照)。コブつき押しかけ女房から逃げ回る主人公を、この時期どんな気持ちで押井さんが演出していたかはさておいて、「BD」を見返すとそんなラムの鳥属性を強調しているポイントが二つあることに気づきます。帽子の少女と、ポンチョ姿のラムです。

 「学園祭前日」を繰り返す世界(元はラムの夢)にちらほら現れる帽子の少女。後にちっこいラムと判明しますが、あの世界に宿る神のようにも見える存在がなぜ「ちっこい」ラムなのか? 純白のワンピースにつばの広い帽子という、いかにも「女の子」然とした姿なのか? あれは、ラムの少女性を抽出した姿なのです。

 そして、ひとの夢から世界を作り出しその欲望を肥大させもする夢邪鬼は〈魚〉。夢邪鬼が〈魚〉属性であることは、サクラに「カメ」(竜宮の使い)と呼ばれること、ラムと出会う場所が水族館であること、自分を捕らえようとした面堂とサクラを水の中に閉じ込めたことなどにも現れています。夢邪鬼を手がかりに、夢・欲望・無意識などは〈魚〉が象徴するのだ、と考えると他の作品解釈でもいろいろフに落ちるところがあるのです。夢邪鬼と出会う場面のラムがポンチョ姿なのは、ボディーラインを隠して魚属性を弱めると同時に、翼を持っているようなシルエットにして鳥属性を強めるため。こうして〈鳥〉と〈魚〉の出会いであることが強調されています。

 帽子の少女はあたるに、ループを抜け出す方法を教えます。その場面の最後のセリフが「責任とってね」。鳥と魚の閉じた世界から犬が自由になるためのトリガーとして、「責任とってね」なんて、まるで「もう自由ではいられないのよ」とオンナがオトコを観念させるようなセリフをわざわざ選ぶという、人を食った皮肉というかヒネクレぶり。そしてあたるが異次元空間から落下すると、海面を突き抜け現実の友引町の上空に飛び出します。あそこは空に浮かぶ海だったのか? まさに、鳥と魚の結託した世界です。

 世界がカメの背中に乗っているという描写も「BD」にはありました。「犬・鳥・魚」理論からカメの外見を考えてみると、クチバシをもちながら海をゆくという鳥と魚の両面を持つ存在と言えます。鳥と魚の結託した世界にはピッタリの土台です。強引な解釈もここまで来るとほとんど妄想ですが、20年後の作品「イノセンス」でロクス・ソルス社の洋上プラントの姿がちょっとカメっぽく見えた時は「ウホッ!」と驚喜しました。姿は少女なのに性奉仕するという、鳥と魚の両面が融合したアンドロイドを製造するには「カメ工場」はピッタリの場です。

 カメと飛行船の共通性とは?なんてネタを前々回からふっていましたが、飛行船は魚のような形をしているのに空をゆく存在。やはり鳥と魚の両面を持つ不吉な存在です。「機動警察パトレイバー2」で大活躍する飛行船を「BD」や「イノセンス」のカメと重ね合わせて喜ぶ。これぞ「犬・鳥・魚」論者(いや信者?患者?)の快楽であります。

 さてその「パト2」は、近づこうとする〈鳥=柘植〉と〈魚=しのぶ〉を〈犬=後藤〉が防ごうとするお話。柘植は、ラストの埋め立て地で鳥の大群に囲まれて立っています。後藤と荒川の会話の中で「神に代わって罰を下そうとする者」であるかのように語られ、聖書の言葉「われ地に平和を与えんために来たと思うなかれ」をしのぶに送ります。名は柘植行人=告げゆく人。神、聖書、言葉は〈鳥〉属性。「パト1」の帆場暎一(愛鳥家です)も「攻殻」の人形使いも、聖書の言葉をメッセージとして使います。みなさん〈鳥〉の仲間です。ちなみに彼らは、言葉や情報やプログラムを操りますが決して自らの手で暴力は振るいません。暴力は魚の領域です。

 しのぶは、大人の女(魚属性)なんですが、後藤と群れている時は犬の仲間のように思えます。しかし、自宅に帰ってきた場面で、母から告げられた番号に電話をかけたら相手が柘植なのでびっくり、というシーン。しのぶの自室には熱帯魚の水槽があり、魚たちにカメラが寄ります。コンテには「熱帯魚 一瞬ザワッと波立つように動く」とあります。彼女の中のオンナが呼び覚まされることの暗示です。このシーンでしのぶがさりげなく髪をほどくのも心憎い演出です。

 熱帯魚のカットはそのまま、階下の居間で電話をかける母のカットにつながります。この居間にも水槽があり、さっきの魚たちはどちらの水槽の魚ともとれるようにカットが配置されています。めったに帰ってこない娘の自室と居間にほぼ同じ熱帯魚の水槽がある、というのはリアリズムの点ではどうかと思いますが「犬・鳥・魚」理論には合致。押井さんの徹底ぶりはすごいものです。母の後ろの水槽の魚は、魚属性の中の「母性」の象徴です。彼女は、娘を守りたいとの思いから後藤に柘植からの電話の件を密告しているのです。

 柘植の計画を防げず組織も追われ誇りを失ったしのぶに、榊の飼い犬が鼻を鳴らして甘えます。この犬は、彼女の背後で榊に向かって(本当はしのぶに向かって)「この状況を収束させるには柘植を逮捕するしかない」と説く後藤の分身であり、「アイツのところに行っちゃイヤだよ」という後藤の気持ちの代弁者です。しかし彼の思いとは裏腹に、埋め立て地でしのぶは柘植と固く手を握り合い、ヘリから2人を見下ろす後藤には「敗北感が浮かぶ」とコンテにあります(本編じゃちょっとわかりにくいけど)。

 〈鳥=柘植〉と〈魚=しのぶ〉はヘリで去り、地に残った〈犬=後藤〉が見つめるのは仲間たち(特車二課の隊員)。そして「結局オレには連中だけか」と苦笑いしてつぶやく後藤。これを「犬・鳥・魚」理論で解釈すると、〈鳥=娘〉と〈魚=妻〉より犬は仲間(つまり犬)といるものなんだ、という結論になるのです。

 「パト2」では、戦闘機やヘリの攻撃で盛大に窓ガラスが割れ、橋がバンバン落ちます。この意味は何か?

 「『うる星』の頃から何かっていうと窓をぶち破っている。(中略)自分でも窓が何なのかよくわからないです。(中略)『劇パト2』の時は、橋と窓っていうことで頻繁にやったんだけど。もしかしたら、自分固有の、自分で意識していない、まだ気が付いていないいわば未開発のモチーフなのかなと思ってるんだけど」(徳間書店「ロマンアルバム イノセンス 押井守の世界 PERSONA増補改訂版」より)

 魚を欲望・暴力・夢などの象徴とすれば、窓やガラスの意味するところは「水槽」だとわかります。水槽が割れて、欲望があらわとなり、暴力がぶちまけられ、夢や無意識が現実を侵食する。それが押井作品で窓が割れる意味です。「パト2」で、後藤と荒川が水族館で密会し柘植のたくらみについて語り合っていた時、2人の目の前を泳いでいた大きな魚たちは、ひそかに準備が進む暴力の象徴だったのではないでしょうか。

 そして橋とは、水(魚の世界)と空(鳥の世界)にはさまれた一筋の地(犬の世界)です。それが破壊されると、犬は道を失い、魚と鳥の世界が接することになる。不吉ですね。

 さて、長々と3回にわたり書いてきた「犬・鳥・魚」講座、ためこんでいたネタはほぼ出し尽くしましたので、今回でおしまいです。楽しんでいただけましたでしょうか?

 この「犬・鳥・魚」解釈に対し、押井さんについてとても詳しいある方からこんなツッコミを受けました。

 「じゃあ小原さんは、押井さんの今の奥さんをどう位置づけてるの?」

 うーむ、どうなんでしょうねえ? 「押井守好きのI君」として本欄にたびたび登場する友人は「同志的存在なんじゃないかなあ」と言いました。私も、たぶんそんなところじゃないかと思いますが、押井さん本人にただす勇気はありません。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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