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2012年2月20日
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小原篤のアニマゲ丼

浦沢直樹の「表現欲」

文:小原篤

写真:仕事場を模したステージに上がる浦沢直樹さん=名古屋市で拡大仕事場を模したステージに上がる浦沢直樹さん=名古屋市で

写真:後ろのスクリーンに映っているのは、小学3年でノートに描いた「太古の山脈」拡大後ろのスクリーンに映っているのは、小学3年でノートに描いた「太古の山脈」

写真:バンドの即興演奏を聞き即興で絵を描く浦沢さん(右下)拡大バンドの即興演奏を聞き即興で絵を描く浦沢さん(右下)

写真:ライブで熱唱拡大ライブで熱唱

写真:2008年に発表したアルバム「半世紀の男」(フライング・ダッコチャン・レコーズ)拡大2008年に発表したアルバム「半世紀の男」(フライング・ダッコチャン・レコーズ)〈「半世紀の男」を検索〉

写真:ブルースハープを吹く浦沢さん拡大ブルースハープを吹く浦沢さん

 マンガ家の浦沢直樹さんがバンドをやりライブもやり、そういやCDも出したらしいと聞いてはいましたが、いやはや「マンガ家の余技」などではまるでない、こんな魅力的なミュージシャンだったとは。15日に愛知県芸術劇場(名古屋市)で「トーク&ライブ」を行うというので、取材がてら見に行ってきました。

 これは名古屋造形大の第19回卒展記念イベントで、4年前に開設したマンガコースから初の卒業生を送り出すにあたり、客員教授として年に4回ほど講義に来ていた浦沢さんに出演をお願いしたそうです。オペラやコンサートに使われる大ホールに集まった約1千人を前に、「浦沢直樹トーク&ライブ『表現欲』」まずは前半のトークがスタートしました。

 目玉は、小学3年の時にノートに描いた処女作「太古の山脈」をスクリーンに映し出しながらの自作解説。「1968年かな、アポロが月に着陸する前の年、『20世紀少年』の子供たちが秘密基地を作ってる頃に、僕はこれを描いてたわけです。大伴昌司さんがやってた少年マガジンのグラビアで『太古の魚』特集というのがあって、それで『太古』という言葉を知ったんですね」

 眉毛の太い少々劇画風な顔立ちの青年が登山に来て、穴に落ちたら太古の恐竜が! そしてそこの原始人のドレイになって……、と展開するお話。驚くべきは、達者な絵もさることながら、縦長や横長のコマを交えた堂々たる構成。とても小3とは思えません。「活劇シーンがヘタですねー。家では主人公が帰ってこないのでお父さんがカンカンに怒ってる。ホームドラマを入れてあるんですね」。そして突然、線を濃密に描き込んだ主人公のアップ(とてもうまい)が登場。「四つ上のバカな兄貴がいましてね、『直樹、線が薄いぞ』とか言って勝手にこんなことを」

 敵のボスとの一騎打ちがあり、ラストは帰らぬ主人公を待っていた警官が、雨の向こうに去っていく……。「さあ、見て下さい!『TEN END』って書いてあります」。うひゃひゃ、かわいらしい。

 「思い返すと、このラストが描きたかったんだね。雨の向こうにおまわりさんが消えていくという、どことなくフランス映画みたいなのが。おませですね。しかし全部で59ページ、310コマですよ(コマに番号がふってある)。締め切りもないのに最後まで描ききっている、コレを『表現欲』と呼ばずに何という!(場内拍手) この時の『僕はやり遂げた!』という思いが今の自分につながっていると思う。よく頑張った!と小3の浦沢君に言ってやりたい」

 「食欲、性欲、人間にはいろんな欲があるけど、僕はこの『表現欲』をずっと持ち続けてきた。白い紙に何か線をひく。その瞬間、大げさに言えば宇宙にそれまで存在しなかった何かが生まれたことになる。楽器に触れて音を鳴らすというのも同じ。その瞬間に何かが起きる。その、描きたくて鳴らしたくてしょうがない気持ち、それを表現欲と呼ぶんじゃないかな。じゃあ、音楽なしでいられない少年のまま、いい大人になった人たちを紹介しましょう」

 ここで、和久井光司さん率いる和久井バンドが登場。即興演奏を聴いて即興で絵にするパフォーマンスが始まりました。スクリーンに真っ白な紙と、その上を躍る浦沢さんのペンが映し出されます。ブルース調(?)からサスペンス色を強めていった曲には「窓辺の美女、そして外にたたずむあやしげな男」というハードボイルドな光景、ひずんだギターのうなりには「スクーターで爆走するヤンチャなジジイ」の絵をぶつけます。「いやぁオモシロイわ。これで全国まわろうか」

 そしていよいよライブ。浦沢さんがシンガー・ソングライターとして2008年に発表したファーストアルバム「半世紀の男」からの曲を中心に10曲ちょっと。60〜70年代フォークロックのスピリットが流れるナンバーを熱唱する浦沢さんには、聴衆を引きつけ引き寄せる『華』がありました。はじけるようにギターをかき鳴らし、少々泣きの入った節回しでマイクに叫び、そしてここぞというところでブルースハープをブロウ。うーん、楽しそう。

 「マンガより楽しいでしょ?」と和久井さんに水を向けられた浦沢さん、「学生のころは漫研とか入ってなくてずうっと軽音楽部で、まさに『けいおん!』ですよ、お茶飲んでばっかりとかじゃなかったけど。ライブが楽しくて、やるたんびに『これでオレ、もうマンガ描かなくなる!』って思ってた」。

 浦沢さんには、「PLUTO」が弊社主催の手塚治虫文化賞を受賞した時など、何度か取材する機会がありました。文化庁の「メディア芸術総合センター(俗称:アニメの殿堂)」構想に対する意見を語っていただいた時は、「マンガは紙と鉛筆と消しゴムとペンさえあれば、お金はかからず、どんな権力とも闘える。その独立性こそ根幹のはずだ」という言葉に、「さすがロッカー! ロックの精神だ」と感じ入りました。いやしかし、ステージを見たら、取材でお会いした時よりも数倍カッコいい(失礼)。あくなき表現欲に突き動かされた表現者、浦沢直樹の世界を堪能した一夜でした。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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