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2012年4月16日
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小原篤のアニマゲ丼

やっぱりももが好き

文:小原篤

写真:沖浦啓之監督=2011年10月撮影拡大沖浦啓之監督=2011年10月撮影

写真:「人狼 JIN−ROH」DVD(バンダイビジュアル)拡大「人狼 JIN−ROH」DVD(バンダイビジュアル)

写真:「ももへの手紙」から、ももと母 (C)2012「ももへの手紙」製作委員会拡大「ももへの手紙」から、ももと母 (C)2012「ももへの手紙」製作委員会

写真:ももの前に姿を現す妖怪たち拡大ももの前に姿を現す妖怪たち

写真:「ももへの手紙」は21日から全国公開拡大「ももへの手紙」は21日から全国公開

写真:声優を務めた(左から)西田敏行さん、美山加恋さん、優香さん。名古屋キャンペーンの折に撮りました拡大声優を務めた(左から)西田敏行さん、美山加恋さん、優香さん。名古屋キャンペーンの折に撮りました

 沖浦啓之監督は、太ももが好きです。

 いや、ご本人にそう聞いたわけではなく、監督第1作「人狼 JIN−ROH」(2000年)のヒロインのとても魅力的な太もも描写、とりわけ、主人公とのデート中に公園の滑り台でたわむれるシーンの念の入ったアニメートを見て勝手にそう決めつけているのですが、なのでその沖浦監督の待望の新作タイトルを聞いて、思わず「やっぱりももが好きなのか」とオカシナ方向に頭が働いてしまいました。言うまでもなく、21日公開のアニメ映画「ももへの手紙」は、別に太ももに手紙を書くお話などではなく、主人公の少女ももの成長物語です(あ、そういえばこの間、ルパンが不二子のももに手紙を書いていたな)。

 父を事故で亡くした小学6年のももが、東京から瀬戸内海の小さな島へ、母と引っ越してくる。ささいなことで父とケンカしたまま仲直りする機会を永遠に奪われてしまったももは、父の机に残されていた「ももへ」とだけ書かれた書きかけの手紙を見つめる。わだかまりを抱え、田舎暮らしになじめず、新生活に走り出す母とも距離を感じるももの周りに、おかしな妖怪たちの気配が……。

 地に足の着いた日常をベースに、妖怪たちとの愉快なひと騒動を盛って、少女が父の死を乗り越え新生活に踏み出していく帰結に導く。堂々たる正統派ジュブナイル・ファンタジーで、沖浦監督はこれを見事に成功させています。小島というシチュエーションも、海と町と山が近接している空間も、距離感や位置関係がリアルに伝わり、その上きちっとドラマにも生かされています(原案・脚本も沖浦さん)。画面全体(人、車、家、町、海、山…)を温かみのある線と落ち着いた色彩で統一し、乱れはみじんもありません。

 特筆すべきはキャラクターの自然な演技。ピチピチはつらつとした少女のアクション、落ち着いた大人の立ち居振る舞い、腰が曲がって「ヤレどっこいしょ」といった感じの老人の所作をナチュラルに描き分けています。抽象化と適度なデフォルメにより、描く対象の本質をつかみ取りありありとした実感を表現する――実写では得られぬアニメならではのこの味わいと説得力は、沖浦監督の敬愛する高畑勲監督の作品に通じるものがあります。作画監督は「千と千尋の神隠し」なども手がけた元ジブリの安藤雅司さん(「ジブリっぽい」のはそのせいもあるんですが)。

 制作したプロダクションI.Gの石川光久社長は「沖浦に『人狼』を作らせるのは迷わなかったが、『もも』は迷った。沖浦と映画を作るということは会社が傾くくらいのことを覚悟しないとできない」とおそろしげなことを言っていましたが(2011年10月31日の本欄「油断ならない世の中だから」参照)、このハッタリもケレン味もない一見地味な映画には、それだけの作画パワーがぜいたくに注ぎ込まれていることがうかがい知れます。

 美山加恋(もも)、優香(母)、西田敏行・山寺宏一・チョー(妖怪トリオ)というキャスティングですが、こちらもほころびはなし(音響監督は若林和弘さん)。特に優香さんには脱帽。悲しみを隠し娘の前で気丈に振る舞う声に芯があり、自分の弱さを認め娘とわかり合うセリフにあたたかみと柔らかさがにじみ出ます。「タレントキャスティングがジブリじゃこううまくいかないのは何でだろう?」とか、余計なことも考えさせてくれます。

 とまあ、ここまでホメっぱなしで来たわけですが、不満もないわけじゃありません。序盤、ももは口数が少なく表情が乏しい。島の子たちとなじめず、橋から海に飛び込む遊びに誘われても飛び込めない。ももだけ方言を話さない。越してきた家の時計が止まったまま動かない。母は昔ぜんそくを患っていた、などなど、これらの要素がすべて後半や終盤、予想した通りに展開します。ももに迷惑をかけてばかりだった妖怪たちも、クライマックスのピンチには力を貸します。定石がいけないわけではありませんが、「定石通り」ばかりに見えるところが気がかり。恐れ入るほどのうまさと完成度ですが、どこかにオドロキが欲しかったなぁ……とは「望蜀(ぼうしょく)の嘆」というものでしょうか。

 さて、問題の(?)太ももはどうだっかというと、ももは袖無し&ミニスカルックなので太ももに限らず肩とか二の腕とか体全体が全編通じてさわやかに躍動するとても健全な映画でした(「人狼」が不健全とは言いませんが)。あ、でも、姿の見えない妖怪がももと最初に「接触」するのが、太ももをペロ〜リとなめるシーンでしたねえ。じゃあ、やっぱりももが……。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2012年4月から名古屋報道センター文化グループ担当部長。※ツイッターでもつぶやいています。

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