「ウルトラQ」(1966年)と「ウルトラマン」(同)のヒロインを演じた桜井浩子さんがちょうど「ウルトラマンマックス」(2005年)に出演中の頃、インタビューで「ウルトラシリーズがこれだけ長く愛される理由は、何だと思いますか?」とたずねました。すると桜井さん、こう答えてニッコリほほえみました。
「男の子たちのすごさ、かな」
「男の子たち」とは、初期ウルトラのスタッフのこと。桜井さんの著書「ウルトラマン創世記」に、こんなくだりがあります。高野宏一さんや佐川和夫さん、金城哲夫さんら円谷プロの面々が大勢で洗濯機の中をのぞき込んでいるので何かと思ったら、ミニチュアの飛行機が水の中でキリモミ回転。何度も飛行機を拾い上げては放り込み、じいっと見つめている――。
「その光景は、まるでガキ大将の寄り合いみたいで、私は思わず吹き出してしまった。大の大人がそろいもそろって、洗濯機をのぞき込んでいる姿は、相当に滑稽(こっけい)だった」(同著より)
しかし「ウルトラQ」第27話で飛行機がグルグルと渦巻く空間に飲み込まれていく見事なシーンを見て、「私はおかしくて笑ったことを心から反省した」とあります。
当時の桜井さんは10代。スタッフはみな年上のはずですが、それでもやっぱり、純粋さと情熱で新しいもの、面白いものを追い求めるスタッフたちは「オトコノコ」に見えたのでしょう。
なぜそんな桜井さんの言葉を思い出したかというと、東京都現代美術館で開催中の「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」を見たから。とりわけ、会場内で上映されている新作短編「巨神兵東京に現わる」のメーキングビデオ(これも会場内で上映中)の中で、子どものように大はしゃぎしている樋口真嗣監督を見たからです。
その「巨神兵東京に現わる」、いやもうすごかった。何せスタジオジブリ製作ですから(この展覧会は「企画協力:スタジオジブリ」)冒頭はトトロマーク。ただしバックはオレンジ色。そして東京上空に突如、巨大な巨神兵が現れ、口から吐くプロトンビームで首都を蹂躙(じゅうりん)します。ビームが走り居並ぶ建物をカミソリのように切り裂いた後、一瞬おくれてボン!と爆発するまでのタメがたまりません。炎も爆発も豪勢でいいですが、特に壁が崩れ窓枠が外れガラスが砕けていろんなモノがバラバラに落ちていくビル崩壊のディテールにゾクゾクします。こういうときは破片が多ければ多いほど興奮するものなのですね。脳内で「破片は快楽だ!」という叫びがコダマします。最後は巨大な紅蓮(ぐれん)の炎がすべてをのみ込む破壊のカタルシス。まさに「浄化」と呼ぶにふさわしい焼き尽くしっぷりです。圧倒の9分間でした(続けて2回見たから18分)。
いやー、すごいなー、しかし巨神兵はどうやって動かしたのかなー、操演(つまり操り人形)より生々しいし、アニマトロニクス(つまりロボット)とも違う人くさい動きに見えたなー、などと考えながら次のメーキング展示を見て仰天しました。「CGを使わない」というのがうたい文句でも、それは巨神兵や建物をCGで作らないという意味でエフェクトなんかにゃ使うんだろうと思っていたら、合成こそデジタルですがあとは完全なアナログ特撮。ビルの谷間を生き物のようにクネクネと形を変えて舞い飛んでいた火の粉は、発泡スチロールの粉にオレンジ色の光を当て、板を振って風を起こして撮っていた、とか、それこそ「洗濯機の渦の中で回っている飛行機」と地続きの世界です。
その展示室の出口近くに樋口監督の言葉が掲げてあります。「先輩たちが築き上げた方法に則(のっと)りながらも、今までと同じやり方は封印して、新しい方法を模索しました。(中略)それは、先輩たちがかつて映画やテレビで試行錯誤を繰り返した末に新たな技術を開発し新たなイメージを手に入れた道程を、もう一度辿(たど)ってみよう、という試みです。(中略)手品のタネは明かさない方がいい、とよく言われますが、既に思いついたタネは明かすぐらいでないと新しいタネを考えられないと思います。だから、今回思いついたいろんなやり方を見せちゃいました」
樋口監督がこうおっしゃっているので、展示とビデオで解説していた巨神兵の動かし方(ヒントは文楽人形)とか、新開発「伊原式」「テンパーガラス式」ビル破壊法とか、メーキングビデオで風船がパンパン破裂するのを見て樋口監督が「ギャハハハ!」と大笑いしている理由とか、樋口監督がただの綿(わた)に興奮して「いいなと思っちゃったよ! いいの?」と小躍りしているけれどその「ただの綿」が映画の中でモノスゴイものになっていることなどなど、ここでつまびらかに書いてしまおうかと思いましたが、やめておきます。ぜひ映画を見た興奮の後でメーキング展示を見て「ホント?」とビックリして、上映室にとって返して映像を見直して再びメーキングを見て感嘆して……という驚きと喜びを、皆様も味わって下さい。素晴らしいアイデアもさることながら、途方もない手間と時間をカメラが回る一瞬のうちに蕩尽(とうじん)するところに、特撮の魅力というか魔力があるのだなあ、と思います。
そうそう、「特撮博物館」のメーンの展示は、かつて撮影に使われたミニチュア模型の数々。撮影用オリジナルのものから、「オリジナルを使用し復元」したもの、「オリジナルに忠実に再現」したものまでいろいろですが、よくぞここまで直したなぁ残っていたなぁ集めたなぁとため息が出ます。加えて「巨神兵東京に現わる」上映&展示で「もうダメ、おなかいっぱい」となってもさらに、地下に展示室があって「大盛りでもう一杯おかわり!」状態。ここではブツだけでなく特撮の技法、トリックについて分かりやすく解説してくれます。
最後の最後は、庵野館長入魂の編集によるウルトラや東宝や大映映画のえりすぐり特撮映像集。さっき実物を見ていたメカが勇躍する姿に見ほれます。ここらでもう満腹中枢がマヒして、その状態で続くショップコーナーへ。脳内に特撮汁が分泌され特撮酔いのような状態となったアナタは、次々と商品に手を伸ばすことでしょう。もちろん図録をお忘れなく。桜井浩子さんが一文を寄せ、「特撮博物館」をつくる夢を少年のような表情で語っていた庵野さんや樋口さんのことを、こんな風に書いています。
「やっぱり〈男の子達って、凄い!〉」
1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2012年4月から名古屋報道センター文化グループ担当部長。※ツイッターでもつぶやいています。