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2012年7月23日
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小原篤のアニマゲ丼

細田守的「これが女の生きる道」

文:小原篤

写真:「おおかみこどもの雨と雪」は全国公開中。写真は主人公の「花」。表情と花のぼかし具合が見事なショットです拡大「おおかみこどもの雨と雪」は全国公開中。写真は主人公の「花」。表情と花のぼかし具合が見事なショットです

写真:細田守監督(左)と「花」の声を当てた宮崎あおいさん=名古屋で拡大細田守監督(左)と「花」の声を当てた宮崎あおいさん=名古屋で

写真:「花」と「おおかみおとこ」(右)と「雪」。「雪」を生んですぐ「花」は「雨」を身ごもる拡大「花」と「おおかみおとこ」(右)と「雪」。「雪」を生んですぐ「花」は「雨」を身ごもる

写真:おおかみになっても耳が隠れるようフードつきコートでお散歩拡大おおかみになっても耳が隠れるようフードつきコートでお散歩

写真:「おおかみこども」は子犬のようにワイルドでやんちゃ拡大「おおかみこども」は子犬のようにワイルドでやんちゃ

写真:ボロボロの古民家を直して3人の暮らしが始まる拡大ボロボロの古民家を直して3人の暮らしが始まる

 子どもの成長は早いものです。「早い」ったって、ヨソの子より早いとかベランダのゴーヤより早いとかそういう意味じゃなく、成長ぶりに驚くと同時に、過ぎていった日々を惜しむ、うれしさとさびしさがないまぜになった思いが「早い」という言葉になるのだと思います。

 21日に公開された細田守監督の最新作「おおかみこどもの雨と雪」は、主人公「花」が「おおかみおとこ」との間に生まれた娘「雪」と息子「雨」を育てる物語。子を持つ親の「うれしさとさびしさ」を直撃する映画です。終盤の「雨」は私の息子と同じ10歳。後ろ姿が大人びてゆく姿なんか、たまりません(以下ネタバレありです)。

 大学生の「花」が「おおかみおとこ」と知り合い、その正体を明かされても彼への思いは変わることなく、結ばれて2人の子をもうけるが、「おおかみおとこ」は不慮の死を遂げる。独りで育てる決意をしたが家事と育児でフラフラ、ヒトでもありオオカミでもある子の育て方に迷い、人目の多い都会で2人を隠し続ける生活にも疲れ、山奥のおんぼろ古民家に引っ越した「花」は、野菜作りを通じて里の人たちのお世話になる。季節は巡り、やんちゃな女の子だった「雪」は落ち着いた雰囲気の少女となり、甘えん坊の泣き虫だった「雨」はたくましく成長してゆく――という物語です。

 キャラの表情や演技は繊細でみずみずしく、シンプルながらニュアンスに富む描線に見ほれます。背景の描き込みはフォトリアルな方向(特に都会)で、そこに陰影やぼかしをデリケートに配置しキャラとなじませ奥行きのある空間を作り上げています。CGによって表現された、風にそよぐ草花や嵐でしなる木々なども見もの。背景美術と同じタッチのまま風景を動かすことで、リアルで迫力ある自然描写になっています。

 しかし、この映画の最も大きな特徴はその構成。「おおかみおとこ」との出会いから2人の子の「巣立ち」までの13年間を、時系列どおりに、ほとんど時間を飛ばさず(例外は小学校の数年間を長いワンショットで見せる巧みなシーン)、回想もはさまず、エピソードを連ねて淡々と見せていきます。人によっては平板で冗長、クライマックスの盛り上がりに欠けると感じるでしょう。物語を「雪」の誕生から、あるいは引っ越しあたりから始めて、回想を絡めて一家の「秘密」を明かしていき、巣立ち前にドラマチックなイベントを置いて、というのが普通の映画らしい構成かも知れません。

 ですが私は、押しとどめようもなく流れてゆく不可逆の時間こそが、この映画のテーマであり、もう一つの主人公なのだと思いました。それは、映画の中で明確に視覚化されています。「雨」と「雪」の徐々に成長していく姿です。「ヒト」の姿だけでなく「オオカミ」としての成長も並行して描くことで、その変化がより印象づけられます。映画全体の構成と2人の姿とが示す一方向の時間の流れが、降り積もるようにジワジワと効いてきて、劇中の「花」の中で高まっていく「うれしさとさびしさ」に心を揺さぶられます。大人びた後ろ姿にハッとする、それは日常の中のささいなことであるけれど、十分にドラマチックなのです。

 映画は、始まりから始めて「次の始まり」で終わります。「雪」の「巣立ち」は、父と母が自分たちの物語を始めた決定的な場面をなぞるかのようであり、「雨」のそれは、「おおかみおとこ」が「花」のところにやってきた場面を逆回ししたかのよう。構成の妙です。

 森のヌシになる決意を固めて出て行った「雨」を捜して「花」が嵐の森をこけつまろびつさまよう姿には、子どもの成長を誰よりもよく知り、誰よりも喜びながら、誰よりもそれを認めたくない親の葛藤が凝縮されています。そして窮地の母を助け森へ去っていく「雨」に「花」が叫ぶ言葉が、この映画のクライマックス。

 「だって私、まだあなたに何もしてあげてない!」

 「雨」にすがる思いはある意味「妄執」なのですが(対象がまだわずか10歳の子だとしても)、それを貴い無償の愛に浄化し、どこまでも深い母の愛を祝福してくれる、絶妙のセリフです。「まだそばにいてほしい!」とかだったら、たぶんこうはすがすがしくなれません。

 ところでこの場面、見送る「花」の脳裏に次々と浮かぶ幼い「雨」の思い出――みたいなカットバックがもしあったら感動的だろうな、泣けちゃうな、などと思っていたら、細田監督自ら書いた小説版にはバッチリ入っていて驚きました。18日に私の勤務する名古屋で細田監督が会見するというので「どうして映画で入れなかったの?」と質問してみました。

 「確かに、あそこでカットバックすると演出的に泣ける映画になったかも知れない。でも別に『泣ける映画』にするつもりで作っていないので、そういう手管は必要ない。あの場面の『花』は、決して昔を懐かしんで泣いたのではなくうれし泣き。充実して満足した姿として描きたかったので、そういう意味であそこには回想を入れてないんだと思う」

 別のインタビューで「あえて演出的に盛り上げることはやめた」とおっしゃっていましたね?

 「前作の『サマーウォーズ』って、過剰なくらい盛り上げたろ!っていう意気込みで作った。今回はコンテやってて、そうじゃないな、と。例えば『おおかみおとこ』が『花』の前で変身するシーン。普通の『狼男もの』ならポイントとなる見せ場で、『狼男アメリカン』みたいにもう細かくカット割ってアップでブワーッ!手とかブワーッ!みたいな。でもそれやるとね、なんか違うんですよ。そういう映画じゃねーな、っていう。撮り方もお芝居も、デフォルメして感情を強調して分かりやすくみせるような作為的な演出じゃない、無理をしない自然なものを、と心がけたんです」

 そして、時系列をしっかり守る構成は、実はアフレコでも貫徹されていたのです。

 「13年の時間を表現するために、こだわったのは順録(ど)り。役者がみんなそろってシーンの順番に録っていった。人気声優となると半年や1年先までレギュラーのスケジュールが入ってて、そこにイレギュラーな映画が入れば抜き録りしかないんだけど、今回はどうしてもスケジュール合わない人は役を替えていただくというくらい、順録りを貫徹しようとこだわった。13年間を表現する上で、特に『花』はこのシーンを体験したことで次のシーンの声ができて、というのの積み重ねだから。時系列に並べることで初めて生まれてくる声、生まれてくる気持ちがある。その結果『花』の表現はすごく豊かになったと思う」

 前々作「時をかける少女」も「サマーウォーズ」も「女性の生き方とは?」といったテーマが入っていて、今回はストレートに13年間の女性の人生を描いてます。どうして?

 「確かに! 『サマーウォーズ』は栄ばあちゃんがもう一人の主人公かっていうくらいですし。思うに、女性の人生ってすごく映画的だと思う。映画に向いてる。分岐点と選択肢が男に比べたくさんあって、そこでどういう生き方を選んだとしても、それが正しかったのか、それで幸せだったのか、人生の最後までわかんないかも知れない。明快な答えがない。そこがすごく映画のストーリーみたいだと思う。人生とか人間とかに価値があるのかないのか、そういう明快な答えの出ないことを考察する機能が映画というものにあるとすれば、分岐が多くて結論が幸せか不幸か分からない、でもその人にとってはそれで幸せだ、というような人生はすごく魅力的。男の場合は分岐が少ない。どこに就職するか、仕事がうまくいったか。要するに勝つか負けるか、そこにしか価値がない。アクション映画を見れば分かる通り、勝つか負けるかで、敵に負けて終わるアクション映画なんてあり得ないから、つまり勝つしかない。そのくらい幅が狭い。対して女性の人生を描く場合は、どんな生き方でも、社会的に見て幸せじゃないかも知れない人を描いても、ある豊かな側面を表現することができる、豊かな映画にすることができるんじゃないか。そういう点で、描きがいのあるのが女性だなあ、という気がします」

 なるほど! そのほか「おおかみこども」を思いついた後に、「やまねここども」だったらどうかというシミュレーションをしてみたとか、「花」の妊娠を知って駆けつけた「おおかみおとこ」が両手に桃缶を持っているのはちゃんと理由があるんだ、とかいろいろ面白い話が出ましたが、長くなりましたのでこのへんでオシマイ。

 そうそう「あれは確実に桃缶でなければいけない。どうして桃缶なのかはぜひご覧になって考えていただきたい」そうですよ。会見後のおしゃべりで「私には分かりません」と監督に言ったら、「桃は重要ですよ、『時をかける少女』にも出てきたでしょ(フフン)」と何やらうれしげな顔で謎をかけられてしまいました。うーん、ワッカラナイなぁ……。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2012年4月から名古屋報道センター文化グループ担当部長。※ツイッターでもつぶやいています。

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