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2012年9月10日
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小原篤のアニマゲ丼

世界の欠片でアイ・ラブ・ユー

文:小原篤

写真:映画「HARBOR TALE」メーンビジュアル拡大映画「HARBOR TALE」メーンビジュアル

写真:主人公は赤いレンガ。あらら、アタマが欠けちゃった拡大主人公は赤いレンガ。あらら、アタマが欠けちゃった

写真:セミナーで人形を手に語る伊藤有壱監督拡大セミナーで人形を手に語る伊藤有壱監督

写真:ヨコハマも、もう一人の主人公拡大ヨコハマも、もう一人の主人公

写真:レンガ君のピンチを助けるカモメ拡大レンガ君のピンチを助けるカモメ

写真:伊藤さんがショックを受けたというピーター・ロード監督の長編「The Pirates! Band of Misfits」拡大伊藤さんがショックを受けたというピーター・ロード監督の長編「The Pirates! Band of Misfits」

 自分の欠片(かけら)を差し出して、僕は世界とつながった。どこかが欠けてる僕の居場所は、世界のどこかが欠けた場所。

 映画「HARBOR TALE」を見た感想です。NHKのプチプチ・アニメ「ニャッキ!」で有名なアニメーションディレクターの伊藤有壱さんが、自身のスタジオ「I.TOON」で5年余りの歳月をかけて完成させた約18分のオリジナル短編映画です。

 8月に東京・渋谷のユーロスペースで公開されたのをご覧になった方もいるかも知れません。短編が単独で劇場公開されるというのは異例で、それだけ力のある作品なのだろうと期待が膨らみましたが見に行けず、ようやく広島国際アニメーションフェスティバルで見ることができました。

 主人公は赤いレンガ。劇中で名前は出ませんが「レンガ君」としておきましょう。横浜港をのぞむ洋館の一角で100年余り街や人や船を見つめていたレンガ君に命が宿り、よっこらしょと壁を抜け出します。その拍子にアタマの角が欠けたのを、地べたに落ちてたガムでくっつけて歩き出します。まばゆい海、行き交う船。レンガ君は欠片をかざし、初めて向かい合った世界にあいさつをします。

 本作のメーンビジュアルに使われているこのカットが、作品のテーマとメッセージをすべて表している、と私は感じました。

 ここからクレイアニメによるメタモルフォーゼの饗宴(きょうえん)。くっきり濃いめのカワイサにちょっと一滴ブキミさをたらした、伊藤さんならではのユーモラスな造形です。豪華客船は金髪の貴婦人に、タンカーはアラブ人に、軍艦はオドロオドロしいオーラを放つ怪物に変わります。そして、海の向こうへ旅立つことを夢見るレンガ君はある夜、西洋の城の壁から抜け出し世界を放浪してきたという石のジイさんに出会います。ボロボロヨレヨレの石ジジイは、「もう、帰る場所がない」と悲しげにつぶやき、王冠で作ったアイパッチをレンガ君に託して粉々に砕けてしまいました。

 その後のレンガ君の行動と決断は映画を見ていただくとして(どこかで再上映しないかな)、ラストはピラミッドやらビッグベンやらクレムリン宮殿やら世界中の歴史的建築物がにぎやかに洋上パレード。世界に開かれた窓である横浜港を世界中が祝福し、横浜港から世界に向けてアイ・ラブ・ユーを叫ぶような、幸福感とお祭り度が絶頂に達したところでEND。レンガ君が何かを成し遂げてこの終幕をもたらした、という展開ではないので、その点でドラマとしては弱いのですが、すがすがしい気分で見終えました。

 劇中でレンガ君は、たびたび欠片をかざしてあいさつを送ります。その姿が、自然と伊藤さんご本人に重なりました。何せ、横浜赤レンガ倉庫のすぐ近くにスタジオ(やはり元は倉庫)を構えてますし、赤レンガ倉庫のイベントでよくお会いするものですから。

 自らの血肉を分けた作品は自分の欠片。それを通じて、人と、世界と、つながることができる。レンガ君の背中からそんなメッセージを受けとりました。何もクリエーターに限ったことでなく、例えば私にとってはこんなコラムや新聞記事になりますが、自分の何かを差し出すことで社会とつながっているわけです。

 そして端っこが欠けたレンガ君の姿も、深い含蓄を秘めている気がします。相手にも自分にも欠けたところがあるからこそ、補い合い、つながりあえるんじゃないか、港にしたって船という欠片が埋めては欠け埋めては欠けを繰り返して活力を保っているのでは……などといろいろ深読みを誘うのは、映画の冒頭に、はるか上空から俯瞰(ふかん)でとらえたような横浜の港が、ギョロリとした目を開いて生き物のように目覚める、という幻想的なシーンがあるからです。

 人形とクレイのコマ撮りアニメ、ミニチュアのセット、それにCGや実景の写真を合成するという手法で作られていますが、合成と言うより融合と言った方がいいほど加工を重ね、例えば「生き物みたいな横浜港」はどんな素材でどうやって撮ったのか一見して分からない不思議で神秘的な味わいに。伊藤さんは自らの手法を「ネオクラフトアニメーション」と呼んでいます。

 広島では、上映に先立って伊藤さんのセミナーがありました。「レンガ君」は、断熱材に使われるスタイロフォームの胴体に、ヒューズ線の手足をつけたんだそうで、人形を持たせてもらいましたが驚くほど軽いです。表情は、口とまぶたのパーツを置き換えることでつけます。

 「100年150年たてば人間が作ったものに何かが宿るんじゃないか、という発想がきっかけ。コンセプトは、港町というものが生命体であるとして、それを人間以外の視点から見つめるというもの。見ていただく方すべての満足を最高の目的にしたというよりは、自分自身の考えを掘り下げていって、自分が生きていく場所にフィードバックしながら前進していければ、と思った。この赤レンガのエピソードは、ある大きな物語の始まりで、もっと数多くの物語が街に秘められている、そんな街へのリスペクトをこめて作りました」

 なるほど、映画を見て腑(ふ)に落ちるところがありますが、セミナーは映画を見る前だったので、ツッコんだ質問ができず残念でした。

 もともと特撮やCG畑にいた伊藤さんがコマ撮りアニメを手がけるようになったのは、英アードマン・アニメーションズの共同オーナーで「ウォレスとグルミット」シリーズのプロデューサーであるピーター・ロード監督に、ここ広島で手ほどきをうけたのがキッカケでした。

 伊藤さんが5年をかけた渾身(こんしん)の1作「HARBOR TALE」を持ってきた今大会は、くしくもロードさんが国際名誉会長として招かれ、監督した新作長編「The Pirates! Band of Misfits」も上映されました。「HARBOR TALE」と同じく題材は海と船。海賊たちの愉快な冒険をクレイアニメで描いた、血湧き肉躍るエンターテインメント大作です。

 伊藤さんは言います。「アードマンの後を追っては一生追いつかない。『Pirates!』を見て、同じ5年かけて出来たのがコレか!と思うとガッカリしょんぼりなんですけど、でもある意味、胸を張っていられる気持ちもすごくある。(今の道を)自分自身が選んで、自分自身の力で歩んできたから」

 「『ニャッキ!』は18年目に入り、『子供のころ見てた』という人が社会人になりましたが、今も作るのが楽しくてしょうがない。作り続けていると新しい出会いもたくさんある。こんな風に50歳迎えるのも悪くないな、と思っているんです」

 というわけで、18分の中にヨコハマへの愛やアニメーションへの愛がつまった「HARBOR TALE」、またどこかで上映されることがありましたら、ぜひご覧ください。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2012年4月から名古屋報道センター文化グループ担当部長。※ツイッターでもつぶやいています。

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